川沿いのラプソディ


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ウェーバー : 歌劇「魔弾の射手」(指揮 : 佐渡裕 / 演出 : ミヒャエル・テンメ) 2018年 7月29日 兵庫県芸術文化センター

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ちょうど一週間前、7月22日 (日) に東京二期会の上演によって、ウェーバーの名作オペラ「魔弾の射手」の実演を人生で初めて鑑賞した私であったが、早くもこのオペラの人生二度目の実演を体験することとなった。だがその場所は東京ではなく、兵庫県の西宮市である。大阪と神戸の間にあるこの都市 (距離感において首都圏で比定すれば、東京と横浜の間にある川崎というイメージか) には、2005年にオープンした兵庫県立芸術文化センターという施設がある。阪急西宮駅直結という交通至便な場所にあり、客席数約 2000の KOBELCO 大ホール、神戸女学院小ホールに加えて、中ホールもあるという本格的な施設である。このホールは、多くの外国人奏者を含む専属のオーケストラを抱えている上、オペラ公演も行っている。私自身の経験では、この大ホールで外来オケを聴いたことが一度あるだけで、今回が二度目の来訪。兵庫芸術文化センター管弦楽団のコンサートのチケットを購入したこともあるが、そのときは出張のために現地に赴くことができなかった。オペラをこのホールで聴くのはもちろん初めてのことである。折しも、東から西へと移って行った「逆行台風」12号の経路を心配しながら、東京から弾丸往復で出掛けたのだが、幸運なことに、台風の影響は一切なく、西宮で行われている文化イヴェントのレヴェルの高さを楽しむことができたのである。

この兵庫芸術文化センターの芸術監督をオープン以来務めるのは、あの佐渡裕である。
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現在活躍する日本の中堅指揮者の中でも、一般的な知名度ではナンバーワンであろう。このブログでも彼の演奏を過去に何度か採り上げてきているが、それらの記事をご覧になった方にはなんとなくお分かり頂けるかもしれないが、正直なところ私は、決して熱狂的な佐渡ファンというわけでもない。だが、彼の親しみやすいキャラクターがクラシック音楽の普及に一役買っていることは紛れもない事実だし、それだけではなく、海外での活躍も精力的に継続中であるという点に、現在の音楽界における彼の地位が象徴されているので、聴く機会があれば興味を持って聴いている次第である。この西宮での「魔弾の射手」も、彼の指揮でなければわざわざ出掛けなかったかもしれない。これが今回の会場、KOBELCO 大ホール。木の感触が、落ち着きを与えてくれる。
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さて、その「魔弾の射手」であるが、先の東京二期会の公演が 4回であったのに対し、こちらの方は実に 8回。そして驚くべきことに、私が鑑賞した最終公演はぎっしり満員だし、しばらく前にチケットを購入する際に調べたときには、ほかの公演もほほとんど売り切れ状態だったと記憶する。この点に私はまず感嘆した。政治・経済・文化のあらゆる点において東京一点主義の感のある日本において、関西でこれだけの動員を可能にするオペラ公演が開かれていることだけでも驚異である。しかも驚くべきことに、2パターン組まれたキャストには外国人歌手が多く含まれ、演出もドイツ人。それから、今回は新制作のプロダクションであるが、海外のオペラハウスとの共同制作という記載はない。つまり、まさに西宮で、ゼロから創り出されたプロジェクトなのである。もちろん、兵庫県立の施設なので、兵庫県の予算が使われているのであろうが、スポンサーも数社ついているようだし、資金集めの点でも、佐渡の知名度と集客力が大きく貢献しているというこことだろう。素晴らしいことである。

今回演出を担当したのは、ドイツ人のミヒャエル・テンメ。13歳で生地ハノーファーの歌劇場でエキストラ出演し、長じてエッセンやドルトムントといったドイツの都市をはじめ、世界各地で演出を手掛け、ウィーン音楽舞台芸術大学の教授として後進を育成した経歴を持ち、東京藝大でも客員教授を務めたことがあるとのこと。
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彼の今回の演出は、概して穏当なものでありながら、このオペラの持つ不気味さを充分に表現していたと思う。装置と衣装もフリードリヒ・デパルムというオーストリア人が務めていたが、そのセットは最近の傾向の通り、シンプルなもの。同じセットを使って違う場面を表すのは常套手段であるが、ここでは全く無理なく見ることができた。いわゆる読み替え演出とは異なり、登場人物たちの衣装も原作のイメージ通りである。それもそのはず、冒頭の序曲の演奏中に黒い緞帳に文字が投影されたが、その内容は、このオペラの設定が 30年戦争 (1618 - 1648) の終結後であり、その戦争においては現在のドイツに当たる地域の農民人口の 30%超が殺されたこと、そして、このオペラの舞台となっているのはそのような「伝統の破壊と残虐の時代」である、というもの。ここでテンメは、史実としての 30年戦争を物語の背景ととらえ、そこに農民たちや狩人たち、あるいは領主の感情の源泉を見る。これは第 1幕の写真であるが、石化した森のような中、崩れ落ちた壁や、壊れた大砲が、戦争の爪痕を思わせる。真ん中にあるのは射撃の的であるが、実はこれと呼応するような満月が、下手から出て、時間の経過とともに段々空に登って行くという凝った演出がなされていた。
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一方これは、アガーテたちの暮らす家。壁にかかった多くの鹿の骨と角は不気味だが、無味乾燥な壁と天井には、大きな亀裂が走っていて、荒んだ印象を与える。
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今回の悪魔ザミエルは、正統的な (?) 怖い男性で、写真をお見せできないのは残念だが、狼谷で姿を現わす箇所では、一昔前の紅白歌合戦で男女が競って披露していた (笑)、巨大装置の一部が衣装になっているという演出で、これも素直に不気味であった。全体を通して、先の二期会公演のコンヴィチュニー演出のような驚きはないものの、決して陳腐ではなく、オペラらしいオペラとして見ることができた。そしてこのザミエル、演じるのはペーター・ゲスナーというドイツ人の俳優 (この人、新国立劇場で 2010年にシューマンの「ゲノフェーファ」が日本初演されたときの演出家らしい) であったが、例の隠者 = 神との関係はどうかと言えば、実は少し微妙。というのも、両方とも黒いローブを羽織っていて、スキンヘッドである。終幕では、ザミエルが出てきてパスカルの息の根を止めて下手に姿を消したあと、舞台奥から今度は隠者が登場するという流れになっていたので、少なくともこの両者が表裏一体であるというイメージは、そこに表れていたように思う。

さて、今回素晴らしいと思ったのは、主要な男女 2名ずつを歌った外国人歌手たちである。そうそう、二期会の上演では全員日本人歌手であったこともあってか、セリフの部分は日本語で、歌のみが原語のドイツ語であったが、今回は (2組のキャストとも) 外国人歌手が入っているため、セリフもすべてドイツ語であった。マックスを歌ったクリストファー・ヴェントリスは英国人で、ハイティンク指揮の「パルシファル」やティーレマン指揮の「ワルキューレ」の主役と言えば、もう最高の歌手だと分かる。今確認したところ、2016年のウィーン国立歌劇場来日公演の「ワルキューレ」でもジークムントを歌っていた。カスパルを歌ったジョシュア・ブルームはオーストラリア人で、やはりウィーンやメトで歌っており、ラトル指揮のベルリン・フィルとは、リゲティの「大いなる死」という作品で共演している。アガーテを歌ったカタリーナ・ハゴピアンはドイツ人で、かつてカラヤンが率いたアーヘン歌劇場の専属歌手。エンヒェンを歌ったマリア・ローゼンドルフスキーはオーストリア人で、これもカラヤンが初期に率いたウルム歌劇場の専属で、最近は「ルル」の主役などを歌っている。私はこのブログで日本人によるオペラ上演を何度も高く評価してきたし、その思いに嘘はないのだが、それでも今回のようなキャストで聴いてみると、なんというのか、舞台映えあるいは舞台慣れという点で、欧米の一線で活躍する歌手たちは、やはりレヴェルが一段上なのだなぁと思い知る。今回のキャストだけでもすごいのに、実はもう 1組のキャストには、トルステン・ケールという、現在ワーグナー歌いとして大活躍している人や、バイエルン州立歌劇場での「ボエーム」におけるムゼッタ役でネトレプコと共演したジェシカ・ミューアヘッドという人が出ていて、そこに日本人として、キールの宮廷歌手である髙田智宏や、このブログでは既におなじみの小林沙羅らが共演していたらしい。この歌手陣の充実は、まさに瞠目すべきもの。

最後に佐渡指揮のオケであるが、オペラのドラマを牽引するに充分な鳴り方で、こちらも大いに充実していた。いつもの通り、明快でストレートな佐渡の持ち味が活きていたと思う。これは他日のカーテンコールの写真だが、今回は千秋楽ということで、大勢のスタッフが全員ステージに上がり、天井や舞台の両袖からきらびやかな紙吹雪が吹き荒れ、大いに盛り上がっていた。そして客席も、スタンディングオヴェイションで熱演を労っていたのである。
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東京以外にもこれだけ充実したステージが繰り広げられ、また、さらに重要なことには、多くの聴衆がそれを楽しんでいるという状況には、本当に驚かされたし、感動させられた。また機会があれば西宮まで足を運んで、オペラやコンサートを楽しみたいものだ。そして、この公演の成功の立役者である佐渡は、この 8公演を振り終えたあと、また次の週末には東京で大仕事が待っている。そちらもまた、なんとも楽しみな企画なのである。

by yokohama7474 | 2018-07-30 00:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

上岡敏之指揮 新日本フィル (ピアノ : オルガ・シェプス) 2018年 7月28日 すみだトリフォニーホール

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上岡 (かみおか) 敏之が音楽監督に就任して 2年目のシーズン。今回が新日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「新日本フィル」) の今シーズン最後の演奏会である。東京のオケとそのそれぞれのシェフとの関係にはいろいろあり、年間にそれほど登場しない指揮者もいるが、この上岡の場合には、かなりの頻度で自らの手兵である新日本フィルの指揮台に立っている。そして興味深いことには、れっきとした定期演奏会のひとつであるこの演奏会、トパーズというシリーズの最終回であるが、これはもともと、聴衆からのリクエストに応じて曲目を設定することになっていたのである。上に掲げたチラシは比較的最近のもの。もともとシーズン最初の小冊子においては、このようになっていた。
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このようにして聴衆からのリクエストによって決定された今回のプログラムは、以下の通り。文字通りのロシア・プログラムである。
 ラフマニノフ : ピアノ協奏曲第 2番ハ短調作品 18 (ピアノ : オルガ・シェプス)
 チャイコフスキー : 交響曲第 5番ホ短調作品 64

今回は演奏前に、上岡と、このオケのコンサートマスターであり、現代日本のコンサートマスターを代表する存在であると私が思っている崔文洙 (チェ・ムンス) との対談があった。まずは崔が先鞭を切って話し始めたことには、このロシアの名曲 2曲は本当によく演奏されているが、特にチャイコフスキーは、本来楽譜に書いてあることが、大衆受けを狙ってかなりデフォルメされて演奏されることが多いとのこと。例えばピアノの指定なのにフォルテで演奏されたり、楽譜に指示のないポルタメントをかけたり、ということ。それを受けて上岡が語ることには、チャイコフスキーという作曲家は、若い頃に書いたオペラ「エフゲニ・オネーギン」でも分かるように (そして上岡自身はそれをオペラハウスでの修業時代に学んだそうだが)、人間の感情の機微を表現する卓越した手腕を持っている。この交響曲第 5番も、あの「悲愴」の前に作曲者が書いたものであり、きっとチャイコフスキーはその頃から死を意識していたのではないか。例えば終楽章の盛り上がりも、圧倒的な勝利で終わるのではなく、最後の最後で、ダダダダンという運命のテーマで締めくくられる。だからこれは決して勝利の凱歌といった単純なものではないのである。とここで上岡が、「ちょっとピアノで弾いてみましょうか」と言って、最初の協奏曲に備えて舞台に設置されていたピアノで弾いたのは、この 5番の終楽章の終結部と、それから「悲愴」の終楽章の開始部分。これは音楽としてつながっているのではないか、との主張であった。なるほど、これは面白い。もちろん、「悲愴」の第 3楽章も、5番の終楽章も、ともにダダダダンと終わることが一因であろうが、それでも、それはなかなかに興味深い指摘であった。そしてこの 2人は、来シーズンのプログラムについて語り始めた。9月にはリヒャルト・シュトラウス、10月にはブルックナーというドイツ後期ロマン派で始まるが、興味深いものとして、来年 3月、マニャールの交響曲 (第 4番) が入っている。上岡が語ることには、フランス音楽にもいろいろあり、ドビュッシーやラヴェルの時代にも、全く違う音楽を書いた人がいたということを知って欲しいと思ってこの曲を入れたとのこと。なるほど、私もアンセルメやプラッソンの録音でマニャールのシンフォニーを聴いてきたが、実演で聴いた経験はない。なので、それは大変に楽しみなのである。これが、東京を代表する指揮者とコンマスのツーショット。
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さて今回、ソリストとして登場したのは、ロシア出身の 32歳のピアニスト、オルガ・シェプス。既に世界で活躍しており、あの世紀の巨匠、アルフレート・ブレンデルもその才能を認めたという。
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彼女のピアノは、音量が大きく、しかも感情が随所にこもった人間的なもの。このラフマニノフの名曲にはぴったりであろうと思った。うーん、それにしてもこの曲、ちょっと感傷的ではあるものの、古今のピアノ協奏曲の中でもベストを争う名曲で、本当に何度聴いても感情が揺れ動くのである。シェルプスのピアノと上岡の指揮する新日本フィルは、本当に細部まで息のよく通る音で、この曲の持ち味を充分に出し切ったと思う。オケではチェロが出色の出来であった。そしてシェルプスがアンコールとして弾いたのは、自身が客席に向かって語りかけた通り、「プロコフィエフ、ソナタ No.7、フィナーレ」であったのだ。そう、あの「戦争ソナタ」3曲の中でも最も有名な、ピアノ・ソナタ第 7番の終楽章だ。言うまでもなくこの曲は、まさに近代的な機械や鋼鉄を思わせる、無情な推進力に満ちた曲であり、感傷的なラフマニノフの音楽と比べると、同じロシア音楽でありながら、これほど遠い音楽もない。シェルプスとしては、自らの持つ技量の幅を見せる機会になっただろう。だが私が思ったのは、これほど違った音楽を弾いても、彼女には自分の音楽があるということだ。例えばユジャ・ワンがアンコールで弾くこの曲と比べると、格段に人間的な色合いが強い。それでいてミスタッチは皆無。素晴らしい才能である。

そしてメインのチャイコフスキー 5番。私の事前の勝手な予想では、テンポの遅い粘着質の演奏かと思ったのだが、全く見当違いで、ほとんどタメを作ることのない、前へ前へと躊躇なく流れて行く音楽であった。なるほどここには、既に死を意識した作曲者の姿があるゆえに、盛り上がりにも多様な影が差している。これだけの超人気曲を演奏して、こんなに新鮮に響かせるとは、なんと素晴らしいことであろうか。このオケは昔から木管のレヴェルが高く、またこのブログでも散々称賛してきた通り、特に本拠地のすみだトリフォニーホールでは、弦の響きがなんとも美しい。私はこの演奏を聴きながら、就任から 2年を経た上岡と新日本フィルが、新たな境地に入りつつあるような気がしたものだ。印象に残った箇所を挙げると、例えば第 3楽章の真ん中あたりで、夢見る雰囲気が突然壊されて「運命の主題」が割り込んで来るところ、そしてその後の夢幻的な雰囲気の箇所の浮遊感。これは死と生との葛藤なのだろうか。そして、第 3楽章と第 4楽章の間では、よくあるようなアタッカでの連続ではなく、きっちりと間を置いての演奏であった。そして始まった終楽章のテーマ (「運命の主題」が長調となったもの) は、ワッと盛り上がるような 、また、「待ってました!!」と声をかけたくなるような、強い推進力に満ちた音楽ではなく、なんとなく諦観を含んだもの。そうしてコーダの前の休符から始まる、通常なら勝利の凱歌として演奏される盛り上がりにも、何やら普通とは異なる不思議な雰囲気があった。そう、例えて言うならば、「トリスタン」的な死への憧れのような。なるほどこれが、上岡の見るところのこの曲の本質であったのか。実はこの交響曲、作曲者自身がその出来を認めておらず、「嫌なものがある」「大げさに飾り立てた色彩がある」「こしらえもの的な不誠実さがある」と書き残している。歴代の名指揮者の中でも、例えばトスカニーニは、あれだけ幅広いレパートリーを持ちながら、このような作曲者の言葉を重視してであろうか、チャイコフスキーのシンフォニーについては、「悲愴」とマンフレッド交響曲しか演奏しなかったようである。それがトスカニーニなりの誠実さであったのだと思うのだが、今回のような演奏を聴くと、作曲者自身も気がついていなかった、潜在的な死への憧れがここにあるように思えてならない。それを露わにした上岡の手腕に、拍手を捧げたい。
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今回は定期演奏会であるにもかかわらず、アンコールがあった。それはニールセンの「仮面舞踏会」から「雄鶏のダンス」。あまり演奏されない曲だが、大変洒脱な演奏で、このオケの今シーズンを締めくくるにふさわしい活気を会場にもたらした。そして、拍手の中、上岡が大きな花束を持って登場。あれ、オケの中で誰かが引退するんだなと思ったら、なんとなんと、このオケの顔でもあるフルートの白尾彰である!!
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これは私にとっては大変残念なことである。それは、上記の通り彼がこのオケの顔であったということによるのであるが、それだけでなく、以前このブログでも書いたことのある、47歳で亡くなった彼の弟の奥さん、このオケの素晴らしいヴィオラのトップ奏者であり、サイトウ・キネン・オーケストラのメンバーでもあった白尾偕子 (ともこ) のことを思い出すからである。彼女が肺がんで突然亡くなったのは 2001年。私ははっきり覚えているが、彼女の死のしばらく後に新日本フィルを指揮した小澤征爾が、「僕らの仲間だった白尾さんが亡くなりました」と客席に語りかけ、バッハの G 線上のアリアを演奏して彼女の死を悼んだのであった。彼女の死後に発売された CD があるようだ。
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フルート首席の白尾彰に話を戻すと、彼はもともと旧 (分裂前の) 日フィルに所属していた人らしい。今私の手元にある過去の新日本フィルの演奏会のプログラムにおいては、1984年 4月の小澤指揮のコンサートに彼の名がある。白尾は 1949年生まれであるから、なんと来年 70歳になる。このオケの歴史に大きな足跡を残した偉大なるフルート奏者に、最大限の敬意を捧げたいと思う。どうもお疲れ様でした!!

by yokohama7474 | 2018-07-28 22:54 | 音楽 (Live) | Comments(2)

秋山和慶指揮 洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団 バレエ付 2018年 7月27日 ミューザ川崎シンフォニーホール

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ミューザ川崎シンフォニーホールを舞台に毎年夏に開かれているフェスタサマーミューザには、様々な日本のオケが登場して、中にはほかで聴けないユニークな内容もいくつかあるので、これはなかなかに侮れないイヴェントなのである。今回私が楽しんだのは、あの秋山和慶指揮の演奏会なのであるが、オーケストラは、ここミューザ川崎を本拠地とする東京交響楽団かと思うとさにあらず。洗足学園音楽大学の学生によるオケで、洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団と称している。実はこの秋山、現在この洗足学園音楽大学の芸術監督であり特別教授である。このブログではつい先日、準・メルクルと、彼が招聘教授を務める国立音楽大学のオケによるコンサートをご紹介したが、それと同様のパターンで、普段大学で教えている指揮者が、実際の演奏会でその指導の成果を問うというもの。改めて考えてみると、日本の主要な学生オケは、様々な有名なプロの指揮者を迎えていて、私も折に触れ、そのような演奏会を楽しんでいる。プロのオケの演奏会ももちろんよいのだが、たまには学生オケを聴いて、将来の日本の音楽界に思いを馳せるのもいいものだ。ましてや、秋山のような私が心から尊敬する名指揮者が指揮をするとなると、これはやはり万難を排して聴いてみたいものである。S 席 1,200円という値段設定も、何か申し訳ないようだ。これは今回のフェスタサマーミューザ 2018の記者会見におけるマエストロ秋山。
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さてこの演奏会には、「華麗なるバレエ ~ 音の魔術師ラヴェル ~」という副題がついている。そう、ラヴェルの有名曲をずらりと揃えた曲目なのであるが、ひとつ大きな特徴があって、それは、演奏曲目 4曲の全部につき、舞台上でバレエが上演されることだ。なるほど、そういうことであれば、これはバレエ公演として、「演劇」という範疇で記事にすべきかもしれない。だが、幾つかの理由があって私は、これはコンサートと分類したいと思う。その理由はあとで述べるとして、曲目である。すべてラヴェルの作曲。
 バレエ音楽「マ・メール・ロワ」全曲
 ボレロ
 バレエ音楽「ラ・ヴァルス」
 バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第 2組曲

この 4曲にすべてバレエがつくのであるが、順番に、谷桃子バレエ団、牧阿佐美バレエ団、そして後半の 2曲が東京シティ・バレエ団が中心。そこに実は、やはり洗足学園音楽大学のバレエコース学生が 4曲それぞれに入っている。なるほど、この音楽大学にはバレエを専攻している学生たちもいて、この演奏会ではプロのダンサーたちに混じってその学生たちが踊りを披露するという、晴れの場なのである。だが、このホールをご存じの方は疑問に思うであろう。このホールは、例えばサントリーホールもそうであるように、コンサート専用ホールである。東京文化会館とか NHK ホールのように、舞台上演ができる構造にはなっていない。では今回、どのようにバレエが踊られたかというと、ステージの奥にオケ (コントラバス 4本という小さい編成) が陣取り、ステージの前面にスペースを確保して、そこにダンサーたちが入れ代わり立ち代わり登場して踊りを踊ったのである。これの意味するところは、指揮者はダンサーたちを見ないで指揮をするということだ。そうなるとこれはやはり、舞台上演というよりも、音楽が主体の公演と言いたくなるのである。もちろん、バレエに興味のある人にとっては、これも立派なバレエ公演であるとは思うのだが、上記のようなステージ前面という限られたスペースでのパフォーマンスである。振付にはやはりその面での制限は出てきてしまうだろう。それから、通常のバレエ公演と異なるもうひとつの点は、ステージ前面にダンサーたちが揃うので、どうしても足音が響いてしまうこと。そのような観点では、多分プロのダンサーとオケでは、このような形態で一晩のコンサートを通して行うことはあまりないように思われるので、メインはやはり、学生たちの発表の場 (もちろん、プロのダンサーたちに混じってではあるが)として割り切って考えた方がよいように、私は思う。
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曲目は上記の通り、いずれも両大戦間に書かれたラヴェルの傑作揃いで、上の曲名表記には、通例に従ってボレロだけは「バレエ音楽」とは書いていないが、これも実は、そもそもバレエ音楽として書かれた曲。いわゆる古典的なバレエ音楽とは異なり、近代的な感覚が満載の曲たちであるが、今回の振付はすべて群舞で (ダンサーの総勢は実に 80名を超える)、いわゆる古典的な雰囲気とは異なり、それなりに平易で近代的なものであったと思う。正直なところ、私はバレエに関しては全くの門外漢なので、批評めいたことを書けるだけの素養はない。なので、印象に残ったダンサーもそうでないダンサーもいるが、その踊りの印象をうまく言葉にすることはできない。もちろん、少ない機会ながら、私がこれまでに舞台で見てきた海外の一流のモダン・バレエを思い起こすと、日本人の体格のハンディを感じる瞬間もあったが、ただ、見ているうちにラヴェルの音楽の素晴らしさを再認識するようになったのが、なかなかに貴重な体験であった。極めて精緻であり、巧妙極まりない手法で生み出される音響効果を様々に含むラヴェルの音宇宙を表現するのは、プロのオケでも並大抵のことではないが、今回のオケは、相当健闘していたことは間違いはない。ボレロにおいては一部、不備も聴かれたものの、やはり、全体を通してラヴェルの世界を表現するという演奏会であるから、ミスを採り上げてどうのこうのと言うのではなく、この不世出の作曲家の手になる音楽の洗練度を堪能できたことが、何より楽しかった。これはこれで、ラヴェルの音楽の本質を再確認するための、貴重な機会になったのである。最後の「ダフニス」など、名曲であることは充分すぎるくらいに知ってはいたが、曲折を経て最後に「全員の踊り」で徐々に熱狂が盛り上がるところは、視覚的な要素があるとまた違った迫力があるののだなぁと実感した。ところで、この曲の全曲には歌詞のない合唱が入るところ、オーケストラ用の組曲には、通常は合唱は入らない。だが今回、第 2組曲の最初の方で合唱が聴こえたような気がして、聴き間違えかと思っていたら、大団円では明らかに舞台裏から合唱が聴こえていた。ところが、カーテンコールには合唱団は出て来ない。ということはあれは、ステージに下がっていたダンサーたちによる歌だったのだろうか??? 洗足学園では、バレエを専攻する学生でも歌の練習をしているのかもしれない (笑)。

それにしてもこれだけの大変なプログラムを、77歳の秋山が相変わらず職人的な棒捌きで見事にまとめているのを目撃すると、改めてこの指揮者への尊敬の念が沸いてくる。このフェスタサマーミューザでは、また最終日に、今度は東京交響楽団とともに登場する予定で、そのプログラムがまた大変興味深い。またその演奏会をレポートできる機会を楽しみにしたい。

by yokohama7474 | 2018-07-28 02:29 | 音楽 (Live) | Comments(0)

百花繚乱列島 江戸諸国絵師 (うまいもん) めぐり 千葉市美術館

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このブログではこれまでも、千葉市美術館で開かれた展覧会をいくつかご紹介してきた。日本画を専門とするこの美術館は、実に凝った企画を様々に行っていて、本当にいつもいつも目が離せないのである。直近では、岡本神草の展覧会を開いていて、昨年京都で同じ展覧会を見た私は、このブログにおいて、千葉でももう一度見ようと宣言したにもかかわらず、残念ながらそれを果たすことができなかった。だが、それより随分前のことになるが、GW 中にこの美術館に出掛け、この瞠目の展覧会を見ることができたのは、私にとっては本当に嬉しいことであった。こんな展覧会、この美術館でなければ企画できないし、既存の有名画家の作品だけに安住することのない美術ハンターにとっては、まさに垂涎の内容であったのだ。展覧会の題名から、百花繚乱、つまり様々な画家の作品による展覧会であることは分かるし、「諸国絵師めぐり」とあるので、江戸時代の日本各地の絵画を集めたものであることも、察しがつく。ただ、「絵師」にわざわざフリガナを振って「うまいもん」としているのは、いかがなものだろうか。以前の記事でも、この美術館での展覧会の副題に疑問を呈したことがあったが、このようなセンスは、少しでも展覧会の動員に貢献しているのだろうか。私の勝手な意見では、このフリガナは全く意味不明で、ない方がよい。別に誰かに媚びる必要はない。この美術館の企画はいつも素晴らしいのだから、格調高く行って頂く方がよいと私は思うのである。

ともあれ、この展覧会は、北は北海道から南は鹿児島まで、それぞれの地方出身の画家たちの作品を、実に 187点も集めたもの。この数であるから当然、前期と後期に分けての展示である。これは、図録に掲載されている本展の画家たちの出身地一覧。
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では、そのような多くの出展作から、私が興味深いと思ったものを、ごく一部だがご紹介して行きたい。最初にお断りしておくと、この展覧会には、円山応挙や曽我蕭白などのよく知れらた画家の作品も出品されていたが、そのほとんどは、一般的にその名を知られていない画家であった。これぞ、未知の画家との出会い。その出会いは往々にして極めて刺激的だ。まず、現在の北海道にあった松前藩出身の画家、蠣崎波響 (かきさき はきょう 1764 - 1826) である。これは東京国立博物館所蔵の「瓦に石龍子図」(1805年作)。ここで瓦の下から出てきているのは、トカゲである。これは 1877年のパリ万博にも出品されたものであるという。この奇抜な題材に、ヨーロッパの人たちも驚いたのではないか。
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この蠣崎波響の作品をもうひとつ。これは「カスベ図」。これは見ての通り、エイである。北海道や東北では、カスベと呼ばれるエイが盛んに食べられていたという。その写実性に加え、何かもの言いたげなエイの様子がユーモラスであることに心惹かれる。
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このあと、東北地方の作品では、当然いくつかの秋田蘭画が並んでいたが、秋田蘭画については以前も書いたことがあるのでここではスキップして、仙台の画家を紹介しよう。東東洋 (あずま とうよう 1755 - 1839) という珍しい名前の画家による三連幅のうちのひとつ、東北歴史館所蔵の「諏訪湖雪」(1825年作)。思い切ってデフォルメした逆さ富士なのである。
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同郷の後輩である菅井梅関 (すがい ばいかん 1784 - 1844) もまた、非常にユニークな作風であるが、この松島瑞巌寺所蔵の「雪中夜梅図」はどうだろう。まさに雪をかぶった夜の梅は、人間が知らないうちに意志を持って動き出しそうである。強烈な表現力だ。なるほど、名前が梅関だけあって、梅の絵は絶品だ (笑)。
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これはその梅関の師匠にあたる、根元常南 (ねもと じょうなん 1763 - 1811) の作品で、「旭潮鯨波図」(1797年作)。題名の通りであり、また見ての通りであるが、鯨が朝焼けの海で豪快に潮を吹いている様子。洋画風のなんともユニークなものである。
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仙台は、江戸時代から非常に文化豊かな土地であったのだろうか。もうひとりこの地出身のユニークな画家をご紹介しよう。菊田伊洲 (きくだ いしゅう 1791 - 1852)。仙台藩の御用絵師であるとともに、江戸城再建時に障壁画の制作に参加したり、晩年には高野山の諸寺の障壁画を百面以上手掛けているという。これは 1846年作の「雨中瀧図」。まるで折れ曲がった木の枝のような滝の絵である。すごい感性をしているものだ。
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この展覧会に出品されていたのはいずれも江戸時代の作品であるが、その中のそれなりの数の作品が西洋風の絵画であり、大変興味深かった。このブログで何度も触れている、遠いようで近い東西文明の接点を思わせる芸術作品を、私は大好きなのである。ここで登場するのは、福島県須賀川市出身の亜欧堂田善 (あおうどう でんぜん 1748 - 1822)。彼は谷文晁門下の画家であるが、その画号の通り、ある時期からはもっぱら西洋風の作品を描いた。これは歸空庵所蔵になる「イスパニア女帝コロンブス引見図」(1804 - 18年頃作)。もちろん、スペイン女王イザベラ 1世に謁見するクリストファー・コロンブスを描いているとおぼしいが、明らかに西洋の版画を模倣して描いたものであろう。うーん、これぞ強烈なる東西の出会い!!
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これは私も初めて知った画家で、安田田騏 (やすだ でんき、1784 - 1827) の作品。歸空庵所蔵の、「象のいる異国風景図」。うわー、技法もナンチャッテ西洋画で面白いが、日本にいない象 (しかも色が白い) が、まるで古いジーンズをはいているかのように、お尻をこちらに向けている様は、いかなる想像力によって作られたものであろうか。
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次は北陸の金沢に移るとしよう。円山応挙の弟子、岸駒 (がんく 1749/56 - 1838)。この人の描く虎がすごい。左が「真虎図」(1784-1808年頃作)、右が「虎図」(1799年頃作)。応挙の弟子で虎を得意にした画家には、もちろん長澤芦雪がいるが、彼の虎はどこかユーモラス。だが、この岸駒の描く虎は、より迫力に満ちたもので、私はこちらの方が好きである。
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このあたりで、人物画に行ってみようか。栃木で活躍した小泉斐 (こいずみ あやる 1770 - 1854) の、「唐美人図」(1811年作、栃木県立美術館蔵)。この誇張された長身の女性は、伝統的な日本絵画には見かけないもの。どうみてもヨーロッパのマニエリスムを想起させる。
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ここでまた、亜欧堂田善、川原慶賀と並ぶ江戸時代の「洋画家」の登場である。その名は司馬江漢 (しば こうかん 1747 - 1818)。江戸の人で、最初は宋紫石のもとで学び、その後秋田蘭画に触発されて、洋風の絵を多く描いた。これは、「バラにサボテン図」(1781 - 89年頃作)。描いている対象は西洋風だが、バラの描き方はちょっと不気味かな (笑)。
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こちらはいかにも司馬江漢で、歸空庵所蔵の「鉄砲洲富士遠望図」(1798年作)。うーん、手前右側で身を寄せ合う 2匹の犬がキュートである。
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次なるユニークな画家は、鈴木鵞湖 (すずき がこ 1816 - 1870)。今の船橋あたりの出身で、風景画もユニークなのであるが、この「高隆古像」(栃木県立博物館所蔵) はどうだろう。描かれている高隆古 (こう りゅうこ 1810 - 1858) は、鈴木の先輩格にあたる画家であるが、これは高自身が所蔵していた自画像を、彼の死後に模写したものであるらしい。自分のことを美化せず描く画家魂が素晴らしい。生没年を見ると、48歳で死去しているが、この面持ちは完全にお爺さんである。
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そして展覧会は、尾張名古屋の画家たちへ。これは山本梅逸 (やまもと ばいいつ 1783 - 1856) の「桜図」(1845年以前作) という三幅画の中央のもの。名前は梅だが、ここでは桜を描いて秀逸である。ただの写実ではなく、叙情と同時に、怨念すら感じさせる夜桜だ。
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これは張月樵 (ちょう げっしょう 1772 - 1832) による「不形画藪」(千葉市美術館所蔵、1817年刊) から。相撲のデフォルメされた表現が面白いが、特に左側の土俵際に並んだ力士たちのデカい顔が、なんともユーモラス。日本人が元来持っているユーモア感覚を実感できる。
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かと思うとこれはいささか格の高さを思わせる名品。田中訥言 (たなか とつげん 1767 - 1823) の「百花百草図屏風」(徳川美術館所蔵)。重要文化財である。全体を隈なくお見せできなくて残念だが、王朝的な品のよさに満ちている。それもそのはず、作者の訥言は、時の老中松平定信が御所の造営に取り組んだ際に、古典の研究に駆り出されたという。江戸の爛熟した文化の遺産なのである。
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これも訥言の作品で、「太秦 (うずまさ) 祭図」(名古屋市博物館所蔵、1813年頃作)。そう、これは年明け早々の京都旅行の記事でも触れた、太秦広隆寺の奇祭、牛祭りの様子であろう。牛に乗っているのは謎の神、摩多羅神である。上に写真を掲げた王朝風の雅な作品を描いた人が、こんな洒脱な作品も描くことができるとは。
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これも初めて知る画家の驚きの作品。牧墨僊 (まき ぼくせん 1775 - 1824) による銅版画「脱疽等不治疾鋸解患部状」(名古屋市博物館所蔵、1819年作)。この題名をなんと読むのか分からないが、字面だけで意味は分かるし、そのキッチュな西洋風表現に、イテテと言いたくなるのである (笑)。ローレンツ・ハイステルという人の外科書を翻訳したものの挿絵であるらしい。この頃の日本には、私たちがイメージするよりも西洋画や西洋の書物についての情報があったということだろう。尚、この牧は北斎と親交があり、1812年に北斎は名古屋を訪れ、この牧の家に半年ほど逗留して「北斎漫画」の下絵を描いたという。
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さて次は大坂に移り、中村芳中 (なかむら ほうちゅう ? - 1819) の作品である。この芳中の作品を中心にした展覧会が数年前にこの同じ千葉市美術館で開催されたときに私もそれを見ているが、光琳を慕ってその作風に倣った画家である。この「白梅図」(千葉市美術館所蔵、1804 - 1818年頃作) にも、琳派風のたらしこみの技法が見られるし、梅の枝の曲がり方も光琳を思わせる。だが、どこかユーモラスな持ち味がこの画家独特である。
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そして今度は京都で活躍した未知の画家。井上九皐 (いのうえ きゅうこう 生没年不詳) の「朝比奈図」(町田市立国際版画美術館所蔵、1804 - 1830年頃作)。勇猛で鳴らした鎌倉時代の武将、朝比奈三郎の肖像であるが、ブルーも鮮やかな西洋風の版画であり、小鬼に足を揉ませているとおぼしき朝比奈のデカい顔がなんとも可笑しい。
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これも京都で活躍した版画家、中川信輔 (なかがわ しんすけ 生没年不詳) の「東海道石部」(1848 - 1860年頃作)。うーん、技術的には決して上質ではないこの作品、私は好きになってしまった。とぼけた味わいが面白く、ちょっと突飛な想像かもしれないが、私は河原温の版画のタッチを思い出してしまった。
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少しはまっとうな肉筆画を採り上げよう。これは祇園井得 (ぎおん せいとく 1755? - 1823?) の「納涼美人図」(板橋区立美術館所蔵、1801 - 1803年頃作?)。その名前から、祇園に住んでいたと考えられているが、経歴は謎だという。この作品では遠近法を強調し、謎めいた雰囲気もある。また、明治以降の日本画のようなきっちりした描き方が印象的。
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これは月岡雪鼎 (ゆきおか せってい 1726? - 1796) の「筒井筒図」(東京国立博物館所蔵、1778- 1786年頃作)。「伊勢物語」に取材した内容であるらしいが、これも大変モダンな感覚を感じさせる作品ではないだろうか。
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これは鳥取で活躍した沖一峨 (おき いちが 1796 - 1855/61) の「家翁西京舞妓図」(鳥取県立博物館所蔵、1849年作)。発色が美しいし、自信に満ちた筆運びではないか。
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これも鳥取の画家で、黒田稲皐 (くろだ とうこう 1787 - 1846) の「群鯉図」(鳥取県立美術館所蔵、1836年作)。水中の木の枝に輪郭線を描き、何か作り物めいた感じを受ける。でも強烈な表現力ではないか。
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これは徳島の鈴木芙蓉 (すずき ふよう 1751 - 1816) の「鳴門十二勝真景図巻」(徳島市立徳島城博物館所蔵、1796年作) のうちの 1枚。これも西洋的な手法を使って、鳴門の海を表現していて面白い。
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そしてこれも徳島の守住貫魚 (もりずみ つらな 1809 - 1892) の「源氏物語 紅葉賀図」(1854年以降作) と、「阿波国勝浦郡田之浦村掘出古甲図」(1854年作) で、ともに徳島県立美術館所蔵。つらなとは面白い名前だが、もっと面白いのは、たおやかな王朝の想像上の景色を描く一方で、古墳から実際に発掘された甲を写生していること。しかもタッチはいずれも似通ったところがある。この人は明治維新後、82歳の高齢で、高村光雲や柴田是真らとともに、最初の帝室技術院に選ばれたという。
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これは長崎の熊斐 (ゆうひ 1712 - 1772) による「寿老人図」。長崎の中国語通詞の家に生まれた彼は、その立場を利用し、来日した中国人画家、沈南蘋 (しん なんぴん) に絵画を習ったという。この偉大なる中国人画家の教えを受けた唯一の日本人画家であり、それゆえに多くの画家が彼に弟子入りしたが、宋紫石もそのひとりであったという。
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そして長崎と言えばこの人、川原慶賀 (かわはら けいが 1786 - ?) である。出島に出入りを許される唯一の画家であり、シーボルトとも親交があった。これは「蘭人商館長図」(歸空庵所蔵)。決して大傑作ではないが、実際にヨーロッパ人を見た人でないと描けないリアリティがあって、私は好きである。
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ここにご紹介できたのはほんの一部であり、ほかにも、珍しい作品、素晴らしい作品が目白押しであった。また、それぞれの土地柄による絵画の違いもあり、江戸時代の日本の文化のとてつもない多彩さと充実ぶりを、目の当たりにした感がある。ここでその名に言及した画家たちの作品に、また今後再会することもあるであろうから、記憶の片隅に置いておくこととしたい。千葉市美術館の素晴らしい企画力と実行力に、脱帽である。ただ、展覧会の題名だけは、別に奇をてらうことなく、普通でよいと思うのであるが・・・(笑)。


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by yokohama7474 | 2018-07-25 01:37 | 美術・旅行 | Comments(0)

東京二期会公演 ウェーバー : 歌劇「魔弾の射手」(指揮 : アレホ・ペレス / 演出 : ペーター・コンヴィチュニー) 2018年 7月22日 東京文化会館

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私が初めてオペラなるものの実際の公演に接したのは、今から 30年以上も前のこと。それ以来国内外で、随分と珍しい作品を含め、相当数のオペラを鑑賞してきた。いわゆる名作として世に知られたオペラの多くは、既に何度となく実演で見ているのであるが、ところが有名なオペラの中で多分ほとんど唯一、どういうわけかこれまで縁がなくて、実演で見たことのないものがあった。何を隠そう、それがこの「魔弾の射手」である (音楽にあまり詳しくない方のため、「まだんのしゃしゅ」と読みます。「魔弾」とは百発百中の「魔法の弾丸」のことで、悪魔が作ったもの)。ドイツ・初期ロマン派を代表するひとり、カール・マリア・フォン・ウェーバー (1786 - 1826) の代表作で、1821年にベルリンで初演された作品だ。このウェーバー、結核のため、39歳の若さでロンドンで客死している。
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この「魔弾の射手」はドイツ語による、いわゆるドイツの国民的オペラで、森の恐ろしさや悪魔との契約というロマン主義的なテーマに満ちた傑作であり、ワーグナーにも大きな影響を与えた作品であるという音楽史的位置づけは充分理解しているのに、そして、このオペラの序曲は中学生の頃からの私の大のお気に入りであるのに、なぜにこれまで全曲を見る機会がなかったのだろうか。それはやはり、日本では演奏頻度が (少なくとも最近は) 低いという事情はあるとは思うのだが、ふと考えてみると、メディアでのこの作品の人気自体、決して高いとは思えない。例えば、音楽史上の重要作はすべて録音しつくしたかのように思われるカラヤンに、この曲の録音があっただろうか。答えは否である。そう思うと、ベームもこの曲の正規録音はないし、ショルティもバーンスタインも、あるいはマゼールも、それから、ドイツオペラに積極的なメータやバレンボイムも、調べた限りではこのオペラを録音していないようである。カラヤンに関しては、実は私の手元には彼の生涯の全演奏記録なるものがあるのだが、録音はなくとも、きっとこの曲は若い頃から実演ではしょっちゅう振っていたのだろうと思って調べてみると・・・ない。ないのである。カラヤンによる「魔弾の射手」全曲の演奏記録が、一度も。もちろん、膨大なデータなので、私の見落としかもしれない。だが、若い頃からワーグナーやシュトラウスの作品を繰り返し演奏してきたカラヤンが、もし演奏していたとしても見落とすほどの回数しかこの曲を指揮していないとしたら、それだけでも充分意外ではないか。

すぐに考え付くこのオペラのひとつのハードルは、全曲のうちかなり長い部分を占めるドイツ語のセリフであろう。少なくともそれは、日本での上演においてはハードルになりうるし、カルロス・クライバーの録音のように、セリフの部分のみ専門の俳優を起用している例もある。だが、それでは同じくドイツ語のセリフが多い「魔笛」や「こうもり」が頻繁に演奏されることの説明がつかない。音楽面では、これは全編に亘って親しみやすいメロディ (合唱曲を含む) を持つ名作であり、その面でのとっつきにくさはほとんどないだろうし、序曲を知っていれば、そのメロディが随所に使われていることに一種の安心感を覚えることさえある。だが、本当に心震えるアリアとなると、それほど多くない。その意味で音楽的に本当の傑作と言えるのかどうか。加えて、このオペラの原作は「幽霊譚」という小説であるらしく、もともとおどろおどろしいものであるが、この作品の脚本の出来は、それほど質の高いものとも思えない。そんな複数の要素が組み合わさって、音楽史的意義を認められながらも実演にかかる頻度が低くなってしまっているのかもしれない。

そんな中、東京二期会が今回 4回に亘って上演した「魔弾の射手」の最終回を見ることができた。オペラファンにとってはなんといっても、この舞台の演出が、現代きってのカリスマ演出家、ペーター・コンヴィチュニーによるものであることに、まずは興味を惹かれるものであろう。ハンブルク州立劇場との共同制作プロダクションであり、かの地では既に 1999年に初演されているというから、日本登場までに随分時間がかかったものだ。コンヴィチュニーは、往年の名指揮者フランツ・コンヴィチュニーの息子で、1945年生まれの 73歳。その、知的裏付けのある先鋭的な演出は、世界のオペラハウスを震撼させており、日本での人気も高い。
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コンヴィチュニーというと、過激な読み替え演出という印象があるが、今回の演出は、決して過激なものとは思えない。もちろん、昔ながらのドイツの田舎の風景や森のおどろおどろしさを素朴に表現しているわけではないが、かといって情報過多で音楽を邪魔するようなこともない。舞台装置は最小限であるが、それぞれの場の雰囲気を出すことに成功しているし、紗幕の使い方にも必然性がある。大詰めでは少し意外なことも起こるが、それも決して見ていて不愉快になるような、気をてらった演出ではない。そんなわけで、全体としてはむしろ、手堅くまとめたというイメージすらある。そしてユニークなのは、悪魔ザミエル。これは少し語りが入るだけで、歌は歌わない役なのだが、この演出ではかなり出番が多く、通常の登場場面以外でも衣装を換え、何度も無言で舞台を歩き回っていたし、狩人たちの合唱の前の場面転換の際には、緞帳の前にひとり出てきて、続く場面での合唱の歌詞をリフレインして語っていた。この役を演じたのは、大和悠河 (やまと ゆうが)。元宝塚のトップ女優であるらしい (私はそのあたりにはトンと疎くて、ファンの方には怒られてしまうかもしれない)。彼女の出演によって、ロビーには多くの花輪が飾られていたし、登場時の拍手やカーテンコール時のブラヴォーも大変なものであった。確かにその長身には、なんとも言えない存在感がある。これは今回のオペラの記者会見の様子。
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また、このザミエルを表す音楽がヴィオラで演奏されるが、今回はヴィオラ奏者が舞台に登場、アガーテ、エンヒェンという 2人の女性役の前で、実際に楽器を演奏した。これはハンブルクでの写真であろう、今回とは歌手もヴィオラ奏者も違っているが、今回ヴィオラを演奏したのは、そのハンブルク州立劇場で首席ヴィオラを弾く、ナオミ・ザイラー。そう、あの京都の「かやぶき音楽堂」で知られたピアニスト、エルンスト・ザイラー (昨年死去) の娘である。
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それから、特筆したいのはオケの素晴らしい演奏である。今回ピットに入ったのは読売日本交響楽団 (通称「読響」)。序曲の冒頭からしてただならぬ雰囲気で、一挙に森と魔術の世界に引き込まれた。また、この序曲の終盤で、一旦音楽が静まってから大音響となり、そして休符を挟んで弦楽器が駆け抜ける箇所があり、どんな名門オケでも、わずかな乱れが出ることが多いが、今回は完璧。こういう部分がバシっと決まると、その日の演奏の士気も上がるだろう。最後まで素晴らしい表現力を保ったオケは、間違いなくこの上演の成功に大きな貢献を果たしていた。指揮のアレホ・ペレスは、アルゼンチンの若手で、既にザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルを指揮した経験もあるという (演目はグノーの「ファウスト」で、ディスクにもなっている)。堅実性とドラマ性を併せ持つ、なかなかの手腕であると思うので、今度はオーケストラコンサートで聴いてみたい。
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歌手陣は、マックスの小貫岩夫、カスパルの加藤宏隆、アガーテの北村さおり、エンヒェンの熊田アルベルト彩乃ら、あまりなじみのない若手中心であったが、いずれも大変に安定した出来であったと思う。また、隠者の小鉄和弘は客席で立ち上がって舞台に花を投げ入れるという、意表を突く登場ぶりだったが、貫禄十分の歌唱であった。ただ、全体を通して若干の課題があったとすると、日本語のセリフとドイツ語の歌詞が、時折、劇の流れをギクシャクさせたと言えるかもしれない。ただこれは作品の内包する弱点とも考えられ、上で考察した通り、このオペラの上演頻度が低いのも、このあたりが一因になっているのかもしれない。

コンヴィチュニーは、このオペラに登場する悪魔ザミエルは、「人間を搾取する資本主義時代とともに現れた、神が排除される不透明な状況を擬人化した存在」であると語る。つまり、このオペラの書かれた 19世紀初頭の社会全体の近代化を象徴するということであろうか。そうすると、最後に突然現れて物事を解決する隠者は、神ということになろうか。そういえば、「デウス・エクス・マキナ」という言葉がある (映画「エクス・マキナ」の記事で触れたことがあるので、興味ある方はご参照あれ)。このオペラもまさにそういう作りになっている。コンヴィチュニーの面白いところは、何やら小難しい理屈で説明しながらも、実際に聴衆が目にする舞台には、結構ユーモアや茶目っ気があることである。例えば、上にも少し触れたが、上演終了直前で、この悪魔と神が面白いことになる点に、この演出のこだわりがあるのだろう。つまり、19世紀から 20世紀にかけては、神の不在の時代であったところ、21世紀の現代においては、もう神も悪魔も区別がつかなくなってしまっているということかと解釈した。その他、一度見ただけでは理解が及ばなかった箇所もあれこれあるが、まあ、全体の流れには好感を持つことのできる演出であった。

さて、この「魔弾の射手」、面白いことに、日本の別の場所でも、全く違うメンバー、全く違う演出で、現在上演中である。あまり演奏されないと言っておきながら、そんな事態が起きているのを見ると、偶然とはいえ、私が嘘をついたように思われそうでいやである (笑)。ともあれ、これは千載一遇のチャンス。なんとかそちらもレポートできるよう、頑張りたいと思っております。

by yokohama7474 | 2018-07-22 23:50 | 音楽 (Live) | Comments(4)

アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団 2018年 7月21日 東京芸術劇場

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先にシューベルト 2番とマーラー 1番というプログラムをご紹介した、東京都交響楽団 (通称「都響」) とその首席客演指揮者、世界で活躍するアラン・ギルバートの共演によるもうひとつのプログラムである。実はこの日、私は厳しい決断を迫られた。というのも、池袋の東京芸術劇場で 14時開演のこのコンサートのほかにも、15時にミューザ川崎シンフォニーホールで開演するコンサートのチケットも購入していたからだ。そちらの内容は、ジョナサン・ノット指揮の東京交響楽団で、実は、このギルバート / 都響の演奏会と曲目に共通点がある。しかもノットの方は、彼らしく現代曲も取り混ぜての興味深い内容だ。実際私は、このいずれに行くべきか悩み抜いた挙句、こちらを選んだのである。やはり、都響の首席客演指揮者に就任したギルバードの指揮ぶりを聴いてみたい。会場にはこのような自立式のポスターが掲げられており、これを見ると、本当にあのアラン・ギルバートがこの都響の指揮者陣に加わったのだということが実感できる。
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今回の曲目は以下のようなもの。
 ドヴォルザーク : 交響曲第 9番ホ短調作品95「新世界より」
 バーンスタイン : 「ウエストサイド・ストーリー」からシンフォニックダンス
 ガーシュウィン : パリのアメリカ人

これはなんとも魅力的なプログラムである。共通点は「米国」ということになるだろう。コンサートには副題がついていて、「バーンスタイン生誕100年記念、ガーシュウィン生誕120年記念」とある。なるほどこの 2曲は作曲者の記念の年であることによる選択で、特に前者については、今年はバーンスタイン作品の演奏頻度が非常に高くなっている中、この「ウエストサイド」のシンフォニックダンスが取り上げられる演奏会のなんと多いこと。何を隠そう、私が諦めたノットと東響の演奏会でも、この曲がプログラムに入っていた。ノットの指揮するバーンスタイン (ほかにも、これはニアミスだが、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」も演奏された) も大変に気になったのだが、まあそれはやむなしとして、このギルバート指揮の演奏会だ。これが楽団が発表している今回の共演におけるリハーサルの様子。
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米国における芸術音楽の歴史は様々な角度から語ることができようが、ガーシュウィンとバーンスタインがその歴史において大きな貢献を果たしたことは、論を俟たない。もちろん、今使った「芸術音楽」の定義も曖昧だし、この国で生まれたジャズという分野がこのいわゆる「芸術音楽」にも多大なる影響を及ぼしていることは確かである。だがそのことは一旦脇に置いておいて、私が今回気づいたことには、ガーシュウィンとバーンスタインの生年は、わずか 20年しか違わないのである!! ガーシュウィン 1898年生まれ、バーンスタイン 1918年生まれ。年の離れた兄弟というのは少し誇張であるが、親子ほども年は離れていない。この 2人の間にはもちろん相違点もあるが、共通点も多い。このような写真の比較も興味深いではないか。
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さて今回の曲目では、この 2人の作品が後半に置かれ、前半は天下の名曲、ドヴォルザークの「新世界」である。このシンフォニーと後半 2曲の共通点は、上記の通り「米国」である。祖国チェコを離れたドヴォルザークが、異国の地、新世界で独自の民謡的な旋律に反応して書いたこの稀代の名曲の初演は 1893年。ガーシュウィンの生まれる 5年前であり、初演を行ったオーケストラはほかでもない、バーンスタインが手塩にかけ、アラン・ギルバートが昨年まで音楽監督の地位にあった、あのニューヨーク・フィルなのである。このような様々な縁によってつながった今回の曲目、素晴らしい成果を聴くことができた。ギルバートは「ウエストサイド・ストーリー」では譜面を見ていたが、ほかは譜面台も使わない暗譜での指揮。いかにも彼らしい、明快で推進力に富む演奏で、いつもながらに高い技術と重量感のある音質を持つ都響を、自在にリードしていた。部分部分で独自のテンポを取る場面はあったものの、恣意性は全く感じられず、その響きはオーソドックスで、説得力抜群だ。うーん、ギルバートと都響の組み合わせ、恐るべし。既にして個性的な指揮者とオケのコンビを多々聴くことのできる東京に、新たなコンビが加わって、ますます聴き逃せないコンサートが増えてくることであろう。また、今回もフルートのトップを吹いていたのは、ソリストの高木綾子。ほとんどの箇所では目立ちすぎることなくオケの一員としてうまく流れに乗っていたが、「ウエスト・サイド」のフィナーレの前に登場するソロの部分では、情感たっぷりの演奏ぶりで、耳がはっとするような素晴らしい出来であった。まさに演奏会に華を添えたというところであろうか。
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いやそれにしても、「ウエストサイド」のリズム感は、実に鮮烈であった。そのあまりの鮮烈さに、私の 1列前の男性などは、もうノリノリで、終始体を揺すっていたものである。東京芸術劇場の席は、背もたれ部分がかなりスリムにできているので、オジサンのリズムに合わせて椅子も前後に揺れていたのだが、正直なところ、そのリズムが実際に耳に入る音楽と微妙にずれがあるので、ちょっと気が散ってしまった (笑)。だが、これも生演奏における音楽体験のひとつのかたちであろう。リズムがずれていようがなんだろうが、音楽の楽しさに体が勝手に動いてしまう。これぞ音楽の醍醐味でなくてなんであろうか。ギルバートと都響のコンビはこれからも、コンサートホールの客席を様々に揺らしてくれるものと期待しておりますよ。彼らの次の共演は今年 12月。「春の祭典」やシュトラウスの「ドン・キホーテ」など、華やかな響きの曲が披露される。楽しみである。でもあのオジサン、「春祭」で体を揺することができれば立派なものである。頑張ってほしいものだ。

by yokohama7474 | 2018-07-22 00:16 | 音楽 (Live) | Comments(0)

生誕150年 横山大観展 東京国立近代美術館

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横山大観 (1868 - 1958) は、近代の日本画家の中でも、その知名度は抜群である。私の思う大観の一般的なイメージとしては、これぞ日本画の王道を行く巨匠というものであり、その名前だけで、明治から昭和に続く日本画の伝統を感じることができる。だがしかし、この画家を知れば知るほどに、その表現の多様性と試行錯誤の連続に、なかなか侮れないものがあると、私はまた実感するのである。正直に言えば私は、日本画家としては、以前このブログでも展覧会を採り上げた安田靫彦とか、あるいは前田青邨といった人たちに、背筋をピンと伸ばしたくなるほどの尊敬を感じる一方で、大観に対しては、ちょっと違う整理をしているのである。だが、明治元年に生を受け、東京美術大学の一期生であり、近代日本美術の偉大なる指導者であった岡倉天心の薫陶を受け、富士山をはじめとする日本の壮麗なる美を追い求めることで、第 1回文化勲章を受けたという輝かしい彼の画業は、確かに近代日本画というジャンルを代表する王者のイメージがある。今年は彼の生誕 150年。この展覧会はその記念の年に開かれるものだが、東京では既に終了していて、京都でも終了寸前。例によってタイムリーなレポートではないものの、その印象をここにざっと記しておきたいと思う。大観はこんな人。
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冒頭に書いたような私の大観への印象は、これまでに見たいくつかの彼の回顧展や、東京国立博物館の平常展示や、池之端にある旧居、その他書物類からの私の大観体験に基づくものであり、もとよりそれは極めて個人的な感想であることを、ここで明らかにしておきたい。だが同時に、我々がなんとなく持っている画家のイメージは、つぶさにその作品に接することで変わってくることもあると思うのである。むしろ私は、この大観という人が、謹厳実直な巨匠然とした芸術家であるよりも、新たな技法を求めて挑戦をし、戦争が起これば国のために貢献したいと純粋に思う、人間的な人であったということの方に、興味を惹かれるのである。これは大観初期の東京美術学校卒業制作で、「村童観猿翁」(1893年作)。巨匠然とした大観は未だここにはなく、まさに人間的なタッチが大変印象的。猿回しのおじいさん (傘をかぶった人物であろう) を、東京美術学校開校時の絵画科主任であった、つまりは師匠である橋本雅邦に、その周りの子供たちを自分たち学生に見立てているという。やはり人間的ではないか (笑)。
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その 4年後、1897年の作品、「無我」(東京国立博物館蔵)。切手にもなっているので一般的にも結構知られたものであると思うが、体に似合わないブカブカの着物を来た、あどけない表情の少年が、仏教的な無我の境地を表しているのだろう。背景にあるのは川だろうか、その青に意外性もあり、私の好きな大観作品である。
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さてこれも有名な作品で、1898年作の「屈原」(厳島神社蔵)。讒言により国を追われた古代中国の詩人・政治家の肖像であるが、東京美術学校を辞職した恩師岡倉天心をその姿になぞらえた作品として知られている。これは近代日本画においても屈指の名作であると私は思う。
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さて大観は、天心が創設した日本美術院をその活動の舞台とするのだが、作品の遍歴を見て行くと、このあたりから大観の試行錯誤が始まることが分かる。これは、1899年作の「井筒」(広島県立美術館蔵)。伊勢物語に取材しているらしいが、細部にまで気を遣った作品でありながら、どこか大らかな感じがするのは私だけであろうか。物語性を出しながら、そこにはまず人間的なものが現れていると思うのである。
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大観は西洋画の手法も学び、新しい表現を模索した。「朦朧体」と呼ばれた技法はよく知られているが、私が興味を抱くのは、技法よりもむしろ題材である。この 1902年作の「迷子」は、以前も展覧会で見たことがあるが、今回再会して、やはり大変興味深いと思った。子供を囲んでここに描かれているのは、左から孔子、釈迦、キリスト、老子である。それぞれの聖人たちの説く道のいずれを取ろうか迷っている子供は、近代日本の象徴であるらしい。
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この「白衣観音」(1908年作) はどうだろう。これは仏教的というよりもインド的な題材に見え、大観というよりも、例えば村上華岳の作品のようである。その筆致は決して華麗ではなく、むしろ少し不器用にすら見える。どうだろう、日本画の王道を行く大巨匠の姿が、ここから見えるだろうか。私には、大らかさを持つ人間性を感じられるように思うのである。
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大観の作品には緻密なものもあって、この 1911年作の「水国之夜」などは、そのタイプであろう。中国で見た風景であろうが、墨の濃淡に加え、灯りを黄色で表現することで、なんとも言えないノスタルジーを感じる。薄暮の屋根瓦の様子など、細心の注意を払って描いているように思われる。
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さて、大観と言えば、冒頭に掲げたポスターにある通り、数々の富士山の絵で有名である。これは「霊峰十趣」のうち「秋」。題名とは裏腹に紅葉の暖色系を一切使わないあたりに、ただ富士を堂々と描く以外の工夫が見える。この工夫こそが、大観が生涯追い求め続けたものなのであろう。
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さてこの記事では、出展作のほんの一部しかご紹介できないのだが、この展覧会における最大の目玉作品は、40mを超える日本最長の絵巻、「生々流転」である。何よりも画期的なことは、その絵巻物の端から端まで見ることができることであった。これは横山大観記念館が所蔵する下絵 (1923年作) を、図録から一部撮影したもの。
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この「生々流転」の完成作は、東京国立近代美術館所蔵の重要文化財。墨絵によって日本の自然を大胆にまた繊細に描いたものだが、その長い長い作品の細部をじっくり鑑賞できたことだけでも、この展覧会を見た甲斐があったというもの。これは素晴らしい。
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このような枯れた大観もよいのだが、昭和に入ってからの華やかな大作も美しい。これは 1931年作の「紅葉」。所蔵するのは島根の足立美術館。この美術館については先日、出雲・松江旅行の記事でも採り上げたが、ちょうどこの展覧会と同じ頃、その足立美術館でも大観展を開催していた。日本有数の大観コレクターであるこの美術館の意地が見えた企画であったが、この素晴らしい作品を東京での展覧会に出しながら、それでも現地で大観展を開くことのできる足立美術館の奥深さ。
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さて、そして最後に、またモノクロの世界の大観に戻ってこの記事を終えたいと思う。1936年作の「龍蛟躍四溟」(りゅうこうしめいにおどる)。この「蛟 (こう)」という字は「みずち」である。龍や蛟が四方の海に踊る様子。まるで「生々流転」の最後に出て来る雲に、実は龍や蛟が隠れていましたという種明かしのようにすら思われる。これは御物で、宮内庁三の丸尚蔵館の所蔵。
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ダイナミックな大観、ユーモラスな大観、朦朧体の大観、モノクロの大観、絢爛たる大観。ここに集まった 90点の作品に見る横山大観の画業の広がりには、本当に驚かされるし、冒頭に述べた通り、ただ日本画の巨匠としての彼の姿だけではなく、様々な手法と主題に取り組んだこの画家の、何よりも人間的な部分を新たに発見できる展覧会であった。その意味で大観は、やはりほかに並ぶ者のない業績を残した日本画家であるということは、間違いないと思う。先入観なく、かしこまり過ぎずに、彼の作品を楽しみたい。

by yokohama7474 | 2018-07-21 02:11 | 美術・旅行 | Comments(0)

ロレンツォ・ヴィオッティ指揮 東京フィル (ピアノ : 小山実稚恵) 2018年 7月19日 サントリーホール

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今月の東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の定期公演を振るのは、ロレンツォ・ヴィオッティという指揮者である。むむむ、ヴィオッティという指揮者には聞き覚えがある。実は最近の私は若干バタバタ気味で、このコンサートも、事前にあまり内容をよく確認もせずに現地に赴いてから、開演前の僅かな時間に、この指揮者について思いを巡らせていたのである。ちょっと待てよ、最近名前を聞かないが、マルチェッロ・ヴィオッティという、オペラを得意とする指揮者がいたはず・・・。何か関係があるのだろうか。それから、このロレンツォ・ヴィオッティは、今度東京交響楽団でもヴェルディのレクイエムを振ることになっていたはずだ。プログラムによると、東フィルとは今回が初顔合わせのようだが、東響は以前も指揮したことがあるらしい。だがそれにしても、上に掲げたチラシに「気鋭のサラブレッド」とあるので、やはり血筋のよい音楽家なのであろう。そんなことを考え、帰宅してから調べて判明したことには、今回の指揮者ロレンツォ・ヴィオッティは、やはりマルチェッロ・ヴィオッティという指揮者の息子なのである。だが、父マルチェッロの名前を最近聞かないのは道理である。2005年に 50歳の若さで脳卒中に倒れ、死去している。私は自らの不明を恥じ、ここに改めて、今は亡き偉大なる才能を偲びたい。これがマルチェッロ・ヴィオッティ。
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この指揮者、ヴィオッティという名前から当然イタリア人だと思っていたが、イタリア人の両親のもとにスイスに生まれたという。そしてその息子であり、今回の演奏会の指揮者であるロレンツォも、やはりスイス生まれと紹介されている。より正確にはローザンヌの生まれで、生年は 1990年。なんと、未だ今年 28歳という若さである。上記の東響には 2014年に代役で登場、2016年にも同楽団を指揮していて、次回の登場でヴェルディのレクイエムを振るのは、来年 1月である。彼は 2013年に 22歳でカダケス指揮者コンクールに優勝して以来、大躍進を続けており、コンセルトヘボウ管やウィーン・フィルの指揮台にも、代役ながら既に登場している。なるほど、20代にして既に世界の一線で活躍している指揮者なのだ。これは親が誰であろうと関係ない、彼自身の能力ゆえである。このような髭面なので、20代には見えないのだが。
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そんなロレンツォ・ヴィオッティが今回指揮したのは、以下のようなフランス音楽プログラム。
 ラヴェル : 道化師の朝の歌
 ラヴェル : ピアノ協奏曲ト長調 (ピアノ : 小山実稚恵)
 ドビュッシー : 牧神の午後への前奏曲
 ドビュッシー : 交響詩「海」

フランス音楽にも様々あるが、近代を代表するドビュッシーとラヴェルの、それぞれの代表作を並べたプログラムは、この炎暑の東京で聴くにはちょうどよい、涼やかな内容だ。特に後半のドビュッシーは、今年が没後 100年ということもあり、この 2曲の代表作をコンサートの後半に続けて演奏する例は、つい先ごろもアシュケナージと NHK 響でもあった。聴きごたえ充分の曲目である。そして演奏も、概して流れのよい、充実したものであったと思う。このヴィオッティは今回、いずれも譜面を見ながらの指揮であったが、「牧神」だけは指揮棒を持つことなく素手での指揮。しかも冒頭部分は指揮をせずに、フルート奏者がソロを吹き出すタイミングはお任せであった。つまり彼は、自らの強い指導力でオケを引っ張ろうというタイプではなく、あくまでも自然な流れを尊重して、楽員を乗せて行くタイプなのであろう。その一方で、最初の「道化師の朝の歌」では、この短い曲に様々に現れる多彩な音を、大変丁寧に描き出していたし、「海」においても、静かな部分から息長く盛り上がって行く部分には、設計の巧みさを感じさせるものがあった。なるほど、これはただならぬ 28歳だ。このような指揮者が若い頃から日本で演奏活動を展開してくれれば、私たちはもしかすると、彼がどんどん高みに達するところを目の当たりにすることになるかもしれない。考えてみれば、東フィルの首席指揮者アンドレア・バッティストーニは、このヴィオッティよりも 3歳上であるだけの、今年弱冠 31歳という、やはり俊英である。今回のヴィオッティの演奏を聴いて、さらに力強いレパートリーを聴いてみたいものだと思ったが、考えてみれば東フィルでは、そのバッティストーニが既に力強いレパートリー (ブルックナーやマーラーはないものの) をかなり採り上げている。なので、そのような対照も、年間のプログラミングの観点からは興味深い (バッティストーニが今回のようなプログラムを振るとは考えにくい)。これは 3年前、25歳のヴィオッティが、ザルツブルク音楽祭で、ネスレをスポンサーとしてのヤング・コンダクター賞を受賞したときの写真。若いなぁ。
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それから、今回のソリスト小山実稚恵は、言うまでもなく日本を代表するピアニスト。
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私は彼女のピアノは常々素晴らしいとは思っているものの、やはり抒情的な音楽に、その美感が最大限に発揮されるものと思っている。それゆえ今回のラヴェルのような、切れ味と、ある種の踏み外しが必要な曲では、その持ち味の最良な部分を聴けたかというと、正直なところ少し疑問。もちろん、タッチは澄んでいて、第 2楽章冒頭のソロのような部分では充分に美しかったのであるが、耽美性はあまりないし、全体にもっとヤンチャなピアノの方が、この曲には合っていると感じた。そういう意味では、彼女がアンコールで弾いたドビュッシーの「亜麻色の髪の乙女」の方が、小山独自の抒情性が感動的に響いたと言えると思う。これはある意味では、ラヴェルとドビュッシーの音楽の持ち味の違いとも言えるかもしれない。ラヴェルにも美しいピアノ曲は沢山あるが、そう、例えば、「海原の小舟」とか「悲しい鳥たち」(おっと、いずれも今回の演奏会の冒頭で演奏された「道化師の朝の歌」の原曲と同じ、ピアノ曲集「鏡」の中の曲だ。だって、「夜のガスパール」よりは抒情的ですから。笑) とか、あるいは「水の戯れ」でもいい。そこにある美しさには、華麗なる繊細さが伴っていて、ドビュッシーのような、単純そうでいて実は複雑な情緒とは少し異なる。似て非なるもの。その差を自由に感じるのが音楽の面白さのひとつだろう。

今回の東フィルの演奏を聴いて思ったのは、とても素晴らしい部分と、若干の不安定さを感じさせる部分が同居していること。弦楽器の素晴らしい音が、ふとした瞬間に、何かちょっと響き切っていないかなと思う時もあったり、木管や金管のソロには極上の瞬間もあれば、細かいミスも散見されたように思う。考えてみれば、爆裂系のバッティストーニや、カリスマで音楽を高みに運んで行くチョン・ミョンフン、ちょっと変化球で攻めるプレトニョフというこのオケの指揮者陣は素晴らしいものの、一方では、きっちり細部を締めるタイプの指揮者も迎えた方がよいのではないか。オペラの比重も重いこのオケとしては、ある種の現場主義も大事だと思うが、シンフォニーのレパートリーで鍛えられると、オペラ演奏もさらに高い水準に達するものと思う。その意味では、このヴィオッティなどは、もしかするとこのオケがもっと共演を必要とするタイプであるかもしれない。一方のロレンツォ・ヴィオッティは、ネットで検索すると、自分は父とは違うタイプの指揮者であると語っている英語のインタビューなども見つかるが、でもやはり私としては、この写真を掲載することをお許し頂きたい。これは、父マルチェッロ・ヴィオッティ 50歳の誕生日、ということは 2005年 6月の、家族揃っての写真。マルチェッロの死の 8ヶ月ほど前ということになる。もちろんロレンツォは、右から 2番目だ。母とおぼしき女性に肩を抱かれている。未だ 15歳の頃の、未来のマエストロである。家族の歴史とはまた異なる音楽の歴史に、彼がこれから名を刻まんことを。
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by yokohama7474 | 2018-07-20 00:25 | 音楽 (Live) | Comments(0)

デッドプール 2 (デヴィッド・リーチ監督 / 原題 : Deadpool 2)

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この映画の 1作目を記事として採り上げてから 2年。私が覚えているのは、当時あの映画の日本版のポスターが、文化ブログにふさわしくないとして、わざわざ米国版のポスターを冒頭に持ってきたことだ。だが私はその記事で、この「クソ無責任ヒーロー」が活躍する映画をかなり楽しんだことを書いた。今それを自分で読み返してからこの記事にかかっているのであるが、ある意味、我ながら私という人間の感性にはぶれがないというか (?)、この 2作目の感想は 1作目と同様か、もしかするとそれ以上に主人公デッドプールに感情移入してしまったかもしれないと、ここで正直に述べておこう。まあ、ぶれがないのも道理で、私はこのブログを、誰から強制されることもなく自分の意思で、思いのままに気楽に綴っているわけであるからして、そこには誰かに対する遠慮も忖度もない。それゆえ、1作目よりもさらに手の込んだ出来となったこの 2作目を、一言「面白い!!」と断言することになんの躊躇もないのである。ただまあ、こんなミケランジェロのパロディを見ると、調子に乗るなよと言いたくなってしまうのは否めないのだが (笑)。
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それにしても、シリーズ作で 1本目に負けず劣らず 2本目が面白い例は、意外と少ないと思うのである。それはこの作品が、1本目とは違う監督でありながら、同じテイストを通していること、そしてそれは、ここで主役のみならず、製作、脚本にも名を連ねているライアン・レイノルズの個性によるものであると言ってよいと思う。この、決して上品ではなく、正統的なヒーローでもない、軽薄でいながらなんとも人間的で、どこか憎めないキャラクターを演じるのは大変なことだと思うが、前作以上にここでは、主役であるデッドプールのキャラクターが際立っている。それから、今回もあらゆる箇所で小ネタが炸裂。もちろん私はそれらをすべて理解できるわけではないが、例えば、冒頭近くで主人公が恋人の待つアパートに遅れて行ったときの言い訳が、「いやさ、なんか黒いマントをかぶった奴が出てきてさ、ソイツの母親の名前もマーサっていうらしくてさ、それで時間を取ってしまって」というものであったりするので、私などは劇場で声を上げて笑ってしまった。もしかしたらこれのモトネタをご存じない方もおられるかもしれないが、このブログでも採り上げて、私が酷評した映画がネタになっている。因みにその映画は、この「デッドプール」シリーズが属するマーヴェルのシリーズではない。マーヴェルのシリーズと言えば、X-Men やアヴェンジャーズということになるが、この映画の冒頭には、前者の「LOGAN / ローガン」がネタとして使われている。1作目の記事にも書いたことだが、実はこのデッドプールというキャラクターはもともと、ヒュー・ジャックマン演じるローガン = ウルヴァリンが主人公である「ウルヴァリン ; X-Men Zero」に登場したキャラクターである。実はこの映画では、そのことが結果的に重要なメッセージになっているので、最初から最後まで、お見逃しなきよう。これがその「ウルヴァリン ; X-Men Zero」のイメージショット。
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いやそれにしても、X-Men シリーズの派生作品でありながら、この映画の独自性には改めて感じ入る。前作に続いての R15 指定であるのは、そのアクションシーンに必要以上に残酷なものが含まれているからだろうが、そのような悪趣味も、映画全体を見てしまえば大して気にならないから、不思議である。デッドプールにはどうやらウルヴァリンに対する対抗意識があるようで、冒頭近くで「LOGAN / ローガン」が R15 指定でありながら興行的に大成功を収めたことに対する揶揄がある。これなども、ひたすらカッコいいウルヴァリンとの対比による巧みなキャラクター設定であろう。だが、彼らに共通する面もあって、それは、超人的な能力を持つヒーローの中には、常に孤独があるということだ。そしてこの「デッドプール 2」は、その孤独を癒す家族的な連帯感の発生をテーマとしている点、意外性もありながら、なるほどと納得させられるものがあるのだ。

主人公の孤独を結果的に癒すことになるのは、この未来からやってきた凶暴なキャラクター、ケーブルである。演じるのはジョシュ・ブローリン。つい最近では、「アベンジャーズ / インフィニティ・ウォー」における大悪役、サノスを演じて強烈な印象を残したが、この「デッドプール 2」でも、「おい、サノス!!」と呼ばれるというおふざけがあり、ここでまた私は劇場で爆笑。
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そのほかにも、本当に可笑しいシーンがいくつもあるのだが、予告編でも流れていたこのシーンの後の展開なども、もう爆笑しかない。詳細はネタバレになるので書かないが、いやいや、可笑しいのなんのって。
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因みにこのデッドブール、前作で描かれていた通り、不治の病を患っていたが、生体実験によって不死の体を得る (フジからフシとはこれいかに)。今回はそのような彼の特性が充分に生かされていて、自らの身体を破壊しようとしても、必ず蘇生するのである。秀逸なのは、彼が腰から下を失ってしまうシーン。これはルームメイトである盲目の老女によりそうデッドプール、いやウェイド・ウィルソンだが、このときには未だ若干の (?) 問題を抱えているのである。
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死ぬことすら許されないスーパーヒーローはしかし、本編の最後に至って、いや正確にはエンドタイトルに入ってからだが、思い切った行動に出る。私がこの映画を面白いと思うのは、このような大胆な設定にもよるのである。そう、私も調べてみて分かったのだが、主演のライアン・レイノルズは、「グリーン・ランタン」という作品で初の主役を射止めたらしい。なるほど、ということはこの映画の最後でデッドプールは、自らのヒーローとしての重責に耐えかねて、自身の存在を否定する行為に出ているわけである。これは何気ないようでいて、かなり深いメッセージであると私は見た。これが「グリーン・ランタン」。
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本作の監督デヴィッド・リーチは、オープニングタイトルでふざけて紹介される通り、「ジョン・ウィック」で主人公の犬を殺した奴。そう、あのビーグル犬が殺されるキアヌ・リーヴス主演の映画の共同監督だった人。単独での監督デビューは、シャリーズ・セロン主演の「アトミック・ブロンド」であるらしい。あれも激しいアクションがなかなか面白い映画であった。この監督、もともとスタントマン出身らしく、アクションの捌き方には秀逸なものがある。本作でも、新しいアクションシーンを見ることができる。
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さて、こうなってくると、家族愛にも目覚めてしまったデッドブールが、さらにスクリーンで活躍することを期待するしかないだろう。小ネタ満載で華麗なアクションがあり、下品でおしゃべりで軽薄だが憎めないヒーローは、現代人にとって必要なものであると思うのである。この映画は是非、普段マジメな顔で暮らしている人にご覧頂きたいと思う、下品でおしゃべりで軽薄な私であります。
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by yokohama7474 | 2018-07-18 00:54 | 映画 | Comments(0)

アラン・ギルバート指揮 東京都交響楽団 2018年 7月16日 サントリーホール

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前日の準・メルクルに引き続き、日本人の母を持ち、欧米で活躍する指揮者の登場である。それはほかならぬ、アラン・ギルバート。1967年生まれの 51歳。つい昨年まで 8シーズンに亘って、押しも押されぬ世界第一級のオーケストラ、ニューヨーク・フィルの音楽監督を務めていた。彼は今般東京都交響楽団 (通称「都響」) の首席客演指揮者に就任し、今回の一連の演奏会がそのお披露目公演である。彼の指揮ぶりは過去にこのブログでご紹介したが、私にとっては、日系人であるということなど全く何の関係もない。世界でも有数の実力を持つ指揮者として、深く尊敬する音楽家である。今回は、この写真よりもさらに髭を濃くして登場した。
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彼の指揮ぶりは、その大柄な体格を反映したようなダイナミックなもの。だがその一方で、決して粗野ではなく、高い知性を感じることのできるものである。この素晴らしい指揮者が都響の指揮台に今後かなりの頻度で現れてくれることは、今後の東京の音楽界にとっては大変に意義深いことであると私は思う。そんなギルバートが今回採り上げた曲目は、以下の通り。独墺系の大小のシンフォニーである。
 シューベルト : 交響曲第 2番変ロ長調 D.125
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」(クービク新校訂全集版)

さて、演奏開始前にステージを見ると、フルート首席の場所に、女性が座っている。慌ててプログラムを見ると、このオケの首席フルート奏者は 2名の男性である。これは奇異なこと。そして、さらに奇異なことには、プログラムにそのような記載はないものの、その女性は、日本を代表するフルーティストのひとりである、高木綾子に相違ない。周囲の木管奏者と何やら楽譜を見ながら話し合ったり、大変くつろいだ様子に見えた。どういう背景であるのか分からないが、きっとオケの一員としての演奏をご本人も楽しんだのではないだろうか。
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今回ギルバートは、全曲を通して譜面台も置かない暗譜での指揮。しかも最初のシューベルトは、指揮台すらも使わずに、床に立って、小規模な私的演奏会で演奏されたであろうシューベルト初期の交響曲を指揮した。編成はコントラバス 4本で、ヴァイオリンは左右対抗配置を取る。面白かったのはヴィオラとチェロの位置で、通常は指揮者正面左にヴィオラ、右にチェロという配置が多いと思うが、今回はその逆。ギルバートの音響へのこだわりを感じさせた。だが、音楽が始まってみると、楽器の配置がどうであれ、確信に満ちた足取りの音が鳴り渡り、貧血の初期ロマン派の演奏とは一線を画す、ダイナミックなものであった。これぞアラン・ギルバートの音楽である。この曲では木管の活躍する箇所が多いが、高木はさすがの技量で涼やかな音色を響かせ、かつ、周りの奏者との呼吸も素晴らしい。さすが、演奏前に打ち合わせをしただけのことはある (笑)。

今回のメインはマーラーの人気曲「巨人」であるが、そこに添えられた「クビーク新校訂全集版」という注釈は、一体どういうことなのか。実はこの版は、1893年ハンブルク版とも呼ばれるもの。つまり、マーラー自身が 1889年にブダペストでこの曲を初演した後、1893年に今度はハンブルクでその改訂版を指揮した、その時の版が基本とされているようだ。ただ実際のところはもう少し複雑で、このクビークという人の校訂による版は、本当のハンブルク初演版と同じではなく、その後の作曲者自身による改訂も反映されているという。このクビーク版の世界初演は、2014年にトーマス・ヘンゲルブロック指揮 NDR エルプフィル (旧北ドイツ放送響) によって、つまりはまさにこの曲ゆかりのハンブルクで、なされたというが、この NDR エルプフィルは、奇しくもアラン・ギルバートが来年 9月に首席指揮者に就任するオケで、そのコンビでの来日公演も、早くも今年 11月に予定されている。ともあれ、この版の特徴のひとつは、最終稿では削除されてしまった「花の章」が第 2楽章として残っていること。トランペット独奏を含むメランコリックな音楽は、マーラーの本質的な部分と深く結びついているようにも思われ、私は結構好きな音楽なので、今回は予期せずそのような版での演奏となったことを喜んだのである。そして演奏は、やはり万感のニュアンスを秘めながらも力強く進むもので、世界最高クラスの指揮者と、マーラー演奏にかけては世界的な水準を誇る都響のコンビには、この曲の特性がぴったりフィットする。ギルバートはなんら奇をてらったことをせず、正統的な解釈でオケをぐいぐいと引っ張り、実際にそこに立ち現れてホールを満たした音響は、本当に聴き物であった。終楽章の大詰めでホルンが高らかに鳴り響く箇所では、ホルン奏者たちが起立するのを見るのが私の好みなのであるが、今回は起立はない。なぜならば、この時点のスコアでは、未だそのような指示は書かれていないからだという。ともあれ、最初から最後まで見事な音響設計の演奏であり、ここでも高木綾子のフルートは大きく貢献していたが、やはりそれだけではなく、最後の最後で全楽器が一丸となって作り出した大団円に、鳥肌立つものを感じたのであった。

それにしても改めて感じるのは、マーラーが追い求めた音像には、ある一貫したものがあるということである。比較の対象としてブルックナーを挙げると、先の記事で言及したブルックナーの 4番は、やはり作曲者自身が何度も改訂をして、いくつもの版が出来てしまった。それに対してこのマーラーの 1番は、今回の版が通常演奏される版と異なる点は、細部にはいろいろあるようだが、耳で感じて分かる箇所はかなり限られていて、メインの旋律の伴奏音型であったり、楽器間のバランスであったりという程度。曲そのものは、マーラーの頭の中ではごく初期から出来上がっていたということであろう。その点がマーラーとブルックナーの大きな相違であると感じた次第。これが 1895年、ハンブルク歌劇場の音楽監督であった頃のマーラー。
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さて、ギルバートと都響は、今回もうひとつのプログラムを用意している。それも大変に興味深い内容なので、大いに期待することとしよう。

by yokohama7474 | 2018-07-16 22:15 | 音楽 (Live) | Comments(0)


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