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ヴェルディ : 歌劇「アイーダ」(指揮 : アンドレア・バッティストーニ / 演出 : ジュリオ・チャバッティ 2018年10月21日 神奈川県民ホール

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東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) の若き首席指揮者、イタリアの俊英であるアンドレア・バッティストーニが、「アイーダ」を振ると聴いて、期待が募らないわけがない。これは、神奈川県民ホールによるオペラ・シリーズであるが、このホール以外にも、札幌 (文化劇場 hitaru のこけら落とし)、西宮、大分で上演され、それぞれの会場の主催者陣ととの共同主催によるもの。また、ローマ歌劇場との提携公演であるらしい。オペラのように膨大な資金のかかる催しは、やはり各地の劇場の共同制作が効果的である。その場合のメリットは、ただ 1ヶ所の聴衆だけでなく、共同主催する複数の場所での上演も可能ということである。これにより、東京に一極集中しがちなオペラ上演を地方に普及させることができるという点、大いに意義があるものと思う。ただその場合に課題になるのはもちろん、上演の質である。東京での公演であれ地方でも公演であれ、その上演の質がよくないことには、聴衆に充分アピールすることはできないであろう。その点この公演は、実に素晴らしい演奏であり、これなら地方の聴衆の方々も、オペラの醍醐味を十二分に堪能することができるはず。
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この上演、この横浜では 2日間に分かって行われるが、キャストは 2組からなっていて、それぞれに 1人だけ海外からの招聘歌手がいるものの、残りはすべて二期会の歌手陣。合唱も二期会合唱団である。それもなかなかに興味深いことであって、このブログでも何度か見てきた通り、二期会の活動は、国内において非常に積極的で活発なものであるというだけでなく、海外のオペラハウスとも提携して、世界のオペラハウスとソフト面の共有ができるような状態にあるからだ。こんなオペラカンパニーが、世界にいくつあることだろうか。それにはやはり、歌手陣の充実が不可欠だろう。実際この日の公演では、アイーダの木下美穂子、ラダメスの城宏憲、アムネリスのサーニャ・アナスタシア (オーストリア出身)、アモナズロの上江隼人、いずれも見事な出来であり、これは世界に出して恥ずかしくない水準である。特に、急な代役で (もともとは端役の伝令役で出演が予定されていた) 城は、声量こそ大きくはないものの、大変に澄んだ美声で、終始安定した歌唱。このようにして若手がチャンスをつかんで、活躍の場を広げて行くのであろう。ダブルキャストのうち前日は、ラダメスに福井敬、アムネリスに清水華澄、ランフィスに妻屋秀和、エジプト国王にジョン・ハオと、二期会でもより名の知れた陣容であったが、聴衆としては、これまであまりなじみのない素晴らしい歌手を発見することはまた、何物にも代えがたい喜びだ。私は今回のキャストでこの公演を見ることができて、大変ラッキーであった。これが城。
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それから、バッティストーニと東フィルの演奏の素晴らしさにも、最大限の賛辞を捧げたい。テンポは概して速めで、第 1幕最後の儀式の場面とか、第 2幕の冒頭とか、ハープを伴うリズムによって通常はゆったりと歌われるような箇所でも、キビキビとしたテンポ運びで迷いがない。そして、ステージの左右で 6本のアイーダ・トランペットが鳴り響く大行進曲や、第 3幕の極めてドラマティックな終結部も、それはもう、切れば血の出るような壮絶な響きがホール内を満たしていた。かと思うと、冒頭の序奏や、終幕での哀しく抒情的なシーンにおいては、密度の濃い音で実に美しく、そして繊細であった。東フィルの状態はすこぶるよく、バッティストーニの指揮棒に食らいついていって、彼らの首席指揮者の音楽の持つ多様な表現力を、余すところなく音にしていたと思う。お見事。

演出は、イタリア人であろうか、ジュリオ・チャバッティという演出家によるもの。内容はかなり保守的で、「アイーダ」らしく古代エジプトを舞台にしていた点は安心したが (笑)、刺激という点ではもう一歩か。ただ、これだけ素晴らしいオケと歌唱を聴くには、舞台上で余計なことをいろいろされてしまうと興ざめなので、このくらい、ある意味で控えめな演出がちょうどよかったとも思う。巨大な柱 6本と、神殿やそこにつながる階段などが可動式で、幕間の舞台転換の一部は、緞帳を下ろさず、ただ舞台を暗くしてスタッフが大道具を動かして行われていた。多くの劇場で使用するので、このような可動式な大道具になっているのであろうか。それはそれで効率的。最後の最後で、アイーダとアムネリスが閉じ込められた墓場の後ろから、にゅっとファラオ (?) の顔が出て来る点だけは、多少の意外性を伴っていて、面白く見ることができた。これが演出家チャバッティ。
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バッティストーニの出身地は野外オペラ「アレーナ・ディ・ヴェローナ」で有名なヴェローナであり、その野外オペラの演目としては、この「アイーダ」と「トゥーランドット」は 2枚看板だ。バッティストーニは東フィルでは既に「トゥーランドット」を採り上げていて、CD にもなっているが、今回の「アイーダ」も、それに劣らない凄まじい演奏であった。彼自身、今年のアレーナ・ディ・ヴェローナで既に「アイーダ」を指揮したということであったが、その指揮ぶりを見ていると、曲の隅々まで自家薬籠中のものとしていることが明白であった。プログラム冊子に掲載されている彼のコメントによると、自分は「アイーダ」をこれまで何度も指揮して来たが、指揮者の役割がとても重要なオペラであり、室内楽的な箇所もあるものの、やはり第 2幕の「力とエネルギーにあふれた音楽」が、指揮していていちばん楽しいとのこと。今回日本で「アイーダ」を指揮できるのは本当に嬉しい。「日本の北から南まで、劇場を熱狂で満たしたいと思っています」とのこと。実際この言葉の通り、神奈川県民ホールは熱狂に満たされた。残すは10/24 (水) の西宮・兵庫県立芸術文化センターと、10/28 (日) の大分 iichiko 総合文化センターの 2回。引き続いての熱狂、間違いなしだと思いますよ。

by yokohama7474 | 2018-10-21 23:02 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ダン・エッティンガー指揮 東京交響楽団 2018年10月20日 サントリーホール

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本当は指揮者のことから書き始めようと思っていた。だが、このコンサートを聴いてしまった者としては、この日のメインの曲目、ベルリオーズの幻想交響曲の演奏について、興奮とともに真っ先に語らずにはいられない。この演奏会にはあれこれのユニークな点があったので、まずは思い出すままに、それらを列挙して行こう。
① 原点主義流行りの今日この頃、楽譜に指定のある反復を励行することが多いが、今回の演奏では、第 4楽章はもちろんのこと、第 1楽章でも反復はされていなかった。

ええっと、このくらいならそれほどユニークではないな。では、次はどうか。
② 終楽章で不気味に打ち鳴らされる大小の鐘は、本格的な西洋の寺院にあるようなタイプのもの (カリヨン) であり、舞台裏ではなく舞台上で朗々と打ち鳴らされた (以下はほかの演奏会の記事からお借りしてきたイメージ写真)。
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まあこれも、取り立てて言うほど珍しいことではない。ではこれはどうだろう。
③ 第 2楽章において、コルネット (小型のトランペット) が入っていた。
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いやいやこれも、最近ではあまりないかもしれないが、驚くには値しない。これはどうだろうか。
④ 全 5楽章のこの曲で、第 4楽章が終わったとき (曲の主人公が死刑宣告を受けたとき)、客席からひとりの人が大声でブラヴォーを叫んだこと。

うーむ、これも突発的な出来事だと整理できようか。よし、そうなると、以下のようなことは果たしてどうだろうか。
④ 第 2楽章冒頭で呼び交わすコールアングレ 2本のうち 1本は、通常は舞台裏での演奏であるが、今回はサントリーホールの 2階席奥の右側で演奏されていた。
⑤ この曲においてトロンボーンやチューバは、音楽が熱狂的に盛り上がる第 4楽章、第 5楽章でのみ使用されているので、最初の頃はステージにはおらず、第 2楽章終了時に初めて登場した。
⑥ 舞台前面の左右に 2台ずつ、計 4台のハープが並んでいて、まるで協奏曲のソロ楽器のよう。しかも奏者は、第 2楽章開始前にステージに現れ、その楽章終了後には下がっていった。

なんという大胆な演出であろうか。こんな凝りに凝った演奏を指揮したのは、1971年生まれで今年 47歳のイスラエルの指揮者、ダン・エッティンガーである。
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このツンツン頭の指揮者は、既に日本でもおなじみである。2010年から東京フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務め、2015年からは桂冠指揮者を務めているからだ。だが正直なところ私は、この指揮者と東フィルの相性についてはよく分かっていない。過去に私が経験した何度かのこのコンビの演奏には、諸手を挙げて大感動ということではなかったからだ。また、普通あるオケの常任がそのポストを離れた場合、またそれなりの頻度でそのオケの指揮台に還ってくるものだろう。ましてや桂冠指揮者ならなおさらだと思うのだが、少なくともこの数年の東フィルにエッティンガーが登場したようには思えない。そんな中、今回彼が指揮するのは別のオーケストラ、東京交響楽団 (通称「東響」) である。エッティンガーはこのオケとは、2016年の新国立劇場での「サロメ」で共演しているというが、このオケのコンサートを指揮するのは初めてのようである。今回、興味深いことに、彼が以前常任を務めた東フィルのコンサートマスターである三浦章宏の姿を見掛けたが、彼はどのようにこのコンサートを聴いたであろうか。

さて、この日の曲目は以下の通り。
 ワーグナー : ヴェーゼンドンク歌曲集 (メゾソプラノ : エドナ・プロホニク)
 ベルリオーズ : 幻想交響曲作品14a

ワーグナーとベルリオーズの間には共通点があり、それはオーケストラを効果的に鳴らすということである。だが、面白いことに今回の前半の曲目、5曲からなるヴェーゼンドンク歌曲集には大音響の箇所はほとんどなく、その音色の微妙な移ろいと退廃的な響きは、滴るような情緒がある。それもそのはず、この曲は、ワーグナーが人妻マティルデ・ヴェーゼンドンクの詩を歌詞としながら、彼女との恋愛感情を作品に昇華したものであるからだ。このワーグナーという人は、人間的には最低であったとよく言われるが、ひとつのエピソードとしては、革命に身を投じて追われる身となった彼に救いの手をさしのべたスイスの富豪、オットー・ヴェーゼンドンクにかくまってもらいながら、その恩人の妻と恋愛関係に陥ってしまったことがある。全くひどい話だが (笑)、ミューズの神はよくそれを見ていて、その恋愛から音楽史上有数の革命的傑作「トリスタンとイゾルデ」が生まれ、またその副産物として、このヴェーゼンドンク歌曲集が生まれたのであるから。これがヴェーゼンドンク夫人の写真。ワーグナーより 15歳下である。
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今回この歌曲集を歌ったのは、やはりイスラエル出身のメゾソプラノ、エドナ・プロホニクである。ワーグナーを得意としているらしく、また新国立劇場でも、「こうもり」のオルロフスキー侯爵を歌ったこともあるようだ。
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さすがワーグナーに実績のある人だけあって、深々とした声が感動的。また、エッティンガーはもともとベルリン国立歌劇場でダニエル・バレンボイムの助手を務めていたので、ワーグナーに関しては隅から隅まで知悉していることだろう。オケへの指示も非常に細かく、実に繊細な起伏に富んだ音を東響から引き出していた。東響の弦も見事であったが、木管楽器も素晴らしいニュアンスで、今回もまた、首席オーボエの荒木奏美の音に惚れ惚れすることとなった。そしてプロホニクとエッティンガーは、アンコールを 2曲演奏した。最初は、これはそう来るでしょうという曲で、リヒャルト・シュトラウスの「献呈」。2曲めはシューベルトの「音楽に寄す」であったが、オーケストラへの編曲は、マックス・レーガーであった。いずれも深い感動を湛えた歌唱であった。

そして後半の幻想交響曲は、上に述べたような数々の珍しい趣向が凝らされた演奏であったが、何より素晴らしかったのはその演奏内容である。エッティンガーの指揮ぶりは、緩急と強弱を自由自在に操るもので、今どきこんなロマン的な解釈も珍しいだろう。東響も、冒頭の木管こそ、もうひとつ指揮者と呼吸が合わなかったきらいがあるが、それもほんの一瞬。エッティンガーの自在な指揮ぶりを見事に音として放射していたと思う。いやそれにしても、遅い部分はチェリビダッケばり、速い部分はミュンシュばり (笑) のエッティンガーは、なんという奔放な指揮者なのだろう。昨今の演奏では、ロマン派でも初期の音楽は、古典的な規律の中で演奏されることが多いと思うが、このエッティンガーの演奏は、まさにロマン的で、全く優等生風ではないのである。日本でも繰り返し繰り返し演奏されているこの曲であるが、これだけ強烈な表現力を持った演奏に巡り合うことは、そうそうないように思う。東響の現在の音楽監督であるジョナサン・ノットは、卓越した指揮者ではあるが、今回のエッティンガーの演奏のような悪童ぶりとは無縁である。これはこれで、オケの表現の幅を広げるという意味で、東響にとっても意味のある演奏であったと思う。両者の相性は結構よいと思ったので、また是非次の共演を期待したい。東響の来シーズン (2019年 4月から 2020年 3月) の演奏予定には彼の名前はないようであるが・・・。

このエッティンガー、現在はシュトゥットガルト・フィルというオケ (コマーシャリズムにはさほど乗っていないが、過去には数々の巨匠を客演指揮者として迎えた歴史があるようだ) の音楽監督を務めているので、いずれ来日公演も期待したい。最近の録音では、モーツァルトの 25番と 40番の組み合わせが出ているが、一体どんな演奏なのか興味がある。終演後のサイン会には参加できなかったので、次回は間近にこの「悪童」指揮者に接してみたいと思うのである。
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by yokohama7474 | 2018-10-21 01:53 | 音楽 (Live) | Comments(0)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 2018年10年月20日 NHK ホール

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まずはこのコンサートの終演間近の情景の描写から始めよう。そこには、未だ 20代の作曲者が、青春の懊悩を爆発させる音楽が鳴っていた。その血気盛んな音楽は、様々な紆余曲折を経て (その冗長な紆余曲折が若気の至りだとして、この作曲家の作品を積極的に採り上げた指揮者で 93歳まで生きた朝比奈隆も、この曲だけは結局生涯演奏しなかったわけだが)、ついにクライマックスに到達し、ホルン奏者 8人と、そしてトランペット奏者とトロンボーン奏者が各 1人ずつが起立した。そして鳥肌立つ圧倒的な音量の中、彼らは曲が終わるまで起立したままであった。このような若々しい音楽を若々しく指揮した人は、やはり 20代であろうか。いやいや。この人である。
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91歳の指揮者、NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の名誉指揮者である、スウェーデン出身のヘルベルト・ブロムシュテット。今回私が幸いにも聴くことができたのは、この老巨匠が指揮する N 響定期の 2つめのプログラム。内容は以下のようなものであった。
 ハイドン : 交響曲第 104番ニ長調「ロンドン」
 マーラー : 交響曲第 1番ニ長調「巨人」

なるほど面白い。これは、ブロムシュテットと N 響の前回のプログラム、すなわち、モーツァルト 38番「プラハ」とブルックナー 9番という組み合わせと非常に似ている。前半には古典派の 30分程度の曲、後半には後期ロマン派の 1時間程度の曲という点においてである。また、それぞれの初演年を比べてみると、初回プログラムの曲目は、モーツァルトが 1786または 87年 / ブルックナーが 1903年。今回のプログラムでは、ハイドンが1795年 / マーラーが 1889年。それぞれの 1曲目、それぞれの 2曲目は結構近い年代であり、その隔たりは約 100年。さらに面白いのは、モーツァルトはハイドンの弟子筋、マーラーはブルックナーの弟子筋であるにも関わらず、この 2つのプログラムにおいては、年長の作曲家の作品の方が年少の作曲家の作品よりも早く初演されている。さらに考えると、この 2つのプログラムが似て非なるものである理由は以下の通り。
① 今回のプログラムでは、交響曲の基礎を最初に作った作曲家の「最後の」交響曲と、交響曲の概念を最終的に打ち破った作曲家の「最初の」交響曲という、象徴性がある。
② 前回の 2曲はこの指揮者が繰り返し取り上げてきた曲であり、録音もあるのに対し、今回の 2曲は、私の知る限り、この指揮者による録音はない。つまり、90歳を超えてなお、これまでの経験をなぞるという安易な姿勢をこの指揮者は取らない。
③ それゆえであろうか、前回の 2曲は暗譜での指揮であったのに対し、今回はスコアを見ながらの指揮であった。
④ 2曲ともニ長調。

繰り返すが、91歳である。その年にして、ただこれまでの人生の繰り返しでなく、新たな挑戦を行っているこの指揮者は、まさに現代の奇跡以外の何物でもない。そして、鳴り始めたハイドンの「ロンドン」交響曲の冒頭の響きは、一般的な演奏ほど重々しくない。前回の表現と共通するが、強い布をさっと洗ったような新鮮かつ強靭な響き。これこそがブロムシュテットの音楽なのである。ただ、モーツァルトとハイドンもまた、似て非なるもの。前者においてはアポロ的な、喩えて言えば宙を舞うような響きが駆け巡るのに対し、後者にはさらに人間的なユーモアがある。今回聴いてみて分かったことには、ブロムシュテットの場合には、もちろんモーツァルトもハイドンも素晴らしい演奏だが、ハイドンの人間性よりもモーツァルトの天上性の方に、より適性があるかもしれない。だが、先日の記事でご紹介したブロムシュテットの自伝には何度かハイドンの名前が出て来ている。それは例えば、彼がライプツィヒ・ゲヴァントハウス管のカペルマイスターの地位をクルト・マズアから引き継いだとき、オケの音があまりにも重かったので、モーツァルトとともにハイドンも頻繁に演奏することで、表現の幅を広げたという逸話でも理解できる。なるほど。
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そしてメインの「巨人」であるが、これは実に流れのよい演奏で、老人めいた動脈硬化の一切ない音楽であった。当然ながら奇をてらった箇所は全くなく、マーラーの若書きの傑作を、まさに虚心坦懐に音にして行くイメージだ。スコアを見ながらでもブロムシュテットが真摯に音楽に対峙していることがよく分かったものである。そもそも私の記憶の中にあるブロムシュテットのマーラーは、サンフランシスコ響を指揮した 2番と、N 響を指揮した 4・5・9番くらいである。この 1番「巨人」はいつから彼のレパートリーであるのだろうか。上記の自伝によると、彼は既にドレスデン時代に、マーラーの 1番と 2番を指揮していたという。それは知らなかった。自伝からブロムシュテットのマーラーに関する言葉を引用しよう。

QUOTE
(「屋根の上のバイオリン弾き」の原作「牛乳屋のテヴィエ」を書いたユダヤ人のショーレム・アレイヘムという作家の全集がマーラーへの門を開いたとして) 最初はとくべつにマーラーが好きだったわけではありません。マーラーの音楽は理解できませんでした。(中略) いまでは私は、マーラーの音楽には深い感動があり、それはまったく真実のものだと感じています。マーラーの交響曲でははなはだしく極端なものが一体になっていますが、このようにさまざまな要素を大きな交響曲へと組み込むやりかたは、感嘆に値します。そのようなことは偉大な芸術家にしかできません。
UNQUOTE

なるほど。ユダヤ文化からマーラーに入ったブロムシュテットはしかし、この作曲家をことさらにユダヤ的に表現することはない。今回の「巨人」で聴かれたのは、無類なほど流れのよい音楽であったのだ。もちろん、自然な感情に任せて、ごくわずかテンポが上がったり下がったりすることはあったとしても、これはまさしく、清潔な布のようなピシッとした音楽。これはどう聴いても老人の音楽ではない。ブロムシュテットはまさに現代の奇跡なのである。だから私は、「巨人」のクライマックスに大いに感動した。これこそ東京に住む我々が心して聴くべき音楽であろう。指揮棒を持たない両手で、重量級の音楽を引き出すその手腕は、実に傾聴すべきものなのである。
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by yokohama7474 | 2018-10-21 00:03 | 音楽 (Live) | Comments(4)

大野和士指揮 東京都交響楽団 (ヴィオラ : タベア・ツィンマーマン & アントワン・タメスティ) 2018年10月19日 サントリーホール

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東京都交響楽団 (通常「都響」) とその音楽監督、大野和士による、今月 2つめのフランス音楽プログラムである。1つめは、以前にこのブログでも採り上げた、ジャン・フルネ没後 10周年を記念する演奏会であった。今回はそのような能書きはないが、これまた興味深い内容だ。
 マントヴァーニ : 2つのヴィオラと管弦楽のための協奏曲 (日本初演)
 サン=サーンス : 交響曲第 3番ハ短調作品78「オルガン付」
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このうち、後半のサン=サーンスは、私は聴き損ねてしまったが、つい 2週間ほど前にも、チョン・ミョンフン指揮東京フィルが演奏した曲目。サントリーホールのようなオルガンのあるホールでは、壮麗に鳴り響く名曲である。だが、前半の曲はなんだろう? マントヴァーニ??? あの、「魅惑の宵」などのムード音楽のマントヴァーニか??? いや、恥ずかしながら私も知らなかったのだが、これはブルーノ・マントヴァーニという現代フランスの作曲家。1974年生まれというから未だ 44歳だが、パリのコンセルヴァトワール、いわゆる高等音楽院の院長を務めているという人だ。
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今回演奏されたのは、2つのヴィオラと管弦楽のための協奏曲という、もったいぶらない名前の (笑) 作品で、今回が日本初演。これは大変に貴重な機会であったのだが、その理由は、曲もさることながら、2人のソリストによる。ひとりは現在最高のヴィオラ奏者であるタベア・ツィマーマン。もうひとりは、最近世界的な活躍をしているというアントワン・タメスティ。
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この作品は 2009年にこの 2人のソリストによって世界初演されている (共演はパスカル・ロフェ指揮フランス放送フィル) 上、作品自体がこの 2人に捧げられている。従ってこの日本初演は、この曲の神髄を聴くべきオーセンティックなものであったと言えるだろう。35分ほどの曲であるが、冒頭はこの 2人のソロが呼応しあい、それが結構長く続く。多くの部分で、オケはかなり遠慮がちにしか入って来ないのであるが、途中何度もドドドドンという打楽器群の炸裂があり、最後の方ではオケもかなり咆哮する場面が見られる。今回改めて思ったことには、ヴィオラという楽器は、名手が弾くと本当にいい音がするのだなということ。正直なところ、曲の内容はどうであっても、この 2人がこのように丁々発止と渡り合うだけで、なんともスリリングな音空間が生まれるだろうと思ったものである。そして今回、大変に珍しいシーンを目にすることとなった。曲も終わりに近づき、オケも相当な緊張感を持って潮の満ち引きのような流れが作り出されたとき、突然タベア・ツィマーマンが演奏を止め、スタスタとステージ袖に引き上げて行ったのである。その瞬間は見逃したものの、どうやら弦が切れたようであった。私は過去に、ヴァイオリン・リサイタル (ヴェンゲーロフとかヒラリー・ハーンとか) で弦が切れた瞬間を目撃したことはあるが、このような大編成のオケをバックにした、しかも現代音楽で、途中で演奏が停まってしまうという事態は記憶がない。だがさすが東京の聴衆である。聴き慣れない曲の演奏の途中であっても、じっと静かにツィマーマンが弦を張り替えて帰ってくるのを待った。その間、かなり長く感じたが、3-4分というところであったろうか。しんと静まり返ったホール内には均一な空気が流れ、ハープがその機会に小さな音でチューニングしているのが、あたかも音楽の一部であるかのように聞こえたものだ。大野と都響、そしてもうひとりのソリスト、タメスティも、集中力を持続しているように見えたが、どこから再開するかは決めておかなくてはならない。大野の判断でそれが決まり、楽員にも小声と手振りで伝えられた。そしてようやくツィマーマンがステージに登場したが、誰も拍手はしない (ヴァオリン奏者の何人かは、弓で無音の拍手を送っていたが)。そうして、再開場所を確認したツィマーマンも含めて、再び音の激流が流れ出したのであった。私はこのトラブルに、日本の聴衆の音楽への理解が現れていると思う。そして 2人のヴィオラ奏者がアンコールを演奏したのだが、2人でチューニングして調子が合わなかったのか、タメスティが自分の楽器と、都響の首席ヴィオラである鈴木学のそれとを取り換えた。始まった曲は私の知らないものだったが、暗く絡み合う 2本の音の線が強く印象に残った。この曲はバルトークの「44の二重奏曲」Sz.98 より第 28番「悲嘆」というもの。なるほどバルトークには遺作である未完のヴィオラ協奏曲もあり、この楽器のイメージにぴったりの作曲家である。この 44の二重奏曲は、もともとヴァイオリン 2本のために書かれており、パールマンとズーカーマンのコンビによる録音もあるらしい。いやいや、世の中にはまだまだ知らない名曲があるものですなぁ。ところで演奏後、タメスティが鈴木とヴィオラを元通り交換しようとすると、鈴木が一瞬ふざけて拒否するふりをしたのが面白かった。このあたりの洒脱な呼吸も、文化イヴェントとしてのコンサートの楽しみを増していたと思う。因みにこのタメスティ、オルガン奏者で指揮者の鈴木優人と親しいらしいが、今回客席に彼の姿が見えたと思ったのは、やはりそのような理由であったわけである (「オルガン付」のほかの人の演奏を聴きに来たのではなく。笑)。

後半、サン=サーンスの「オルガン付」も、大野と都響のコンビとして想像する通りの演奏。この曲はフランスのシンフォニーであるが、近代のドビュッシーやラヴェルのようなキラキラした音ではなく、かなりギシギシと鳴る箇所が多い。ドラマティックではあるが、さほど深刻な内容でもなければ、超絶技巧的でもない。だが私はこの曲のそんなところが大好きで、冒頭の灯りがぼぅっとともるような神秘的な箇所から、最後のオルガンとオケの盛り上がりの中でトランペットが叫び、ティンパニが鳴り渡る箇所まで、およそ退屈することがない。今の大野と都響であれば、その表現の幅を駆使して、文字通り面白い演奏を聴かせてくれるだろうと思ったが、まさにその通りであった。曲は大きく 2部に分かれるが、それぞれの前半と後半が 2つの性格を持っていて、実質的には 4楽章制のシンフォニーに近い。その第 1楽章に相当する部分の、まさにギシギシとうねり上がるところはこの上ない迫力であったし、第 2楽章に相当する部分の、オルガンを含めた静かな祈り、第 3楽章に相当する部分の荒々しい推進力、そして終楽章に相当する部分では、力が全開。実に面白く聴かせて頂いた。これがサントリーホールのオルガンである。
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今月の大野と都響による定期演奏会はあと 1つ。それ以外に特別コンサートもあって、楽しみだ。

by yokohama7474 | 2018-10-20 02:43 | 音楽 (Live) | Comments(0)

マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル 2018年10月18日 サントリーホール

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11日前、10/7 (日) のリサイタルの様子を先にレポートした、現代最高のピアニストのひとりであるマウリツィオ・ポリーニの東京での 2度目のリサイタル。実は、上のチラシにある通り、これは本来 3度目のリサイタルであったはずだが、ポリーニが腕の痛みを訴えたとのことで、10/11 (木) に予定されていたリサイタルが 10/21 (日) に延期されてしまった。それに伴い、曲目も変更になって、2度目と 3度目のリサイタルは同じ内容となった。だが実は今回会場に到着して、曲目がさらに変更になったことを知った。もともと発表されていたのは以下のようなプログラム。
 シェーンベルク : 3つのピアノ曲作品11
 シェーンベルク : 6つのピアノ小品作品19
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第 8番ハ短調作品13「悲愴」
 ベートーヴェン : ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調作品106「ハンマークラヴィーア」

なるほどこれは本来のポリーニの持ち味がよく出るプログラムであった。先鋭的なシェーンベルクと、ベートーヴェンのソナタでも人気曲である「悲愴」と、そして多大なエネルギーを必要とする「ハンマークラヴィーア」である。だが、腕の痛みがあるというポリーニには、このプログラムはつらかったのだろう。変更されたプログラムは以下の通り。
 ショパン : ノクターンヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : ピアノ・ソナタ第 3番ロ短調作品58
 ドビュッシー : 前奏曲集第 1巻

こうなると、前半のショパンは、先の 10/7 のリサイタルの後半と同じ。後半のドビュッシーは、本来 10/11 に弾くはずであった曲目で、確かにピアニストの負担は減るだろう。この時点でポリーニは日本の聴衆に対し、「これが日本で 3回のリサイタルを演奏するという約束を果たせる唯一の方法であることをご了承いただきますよう、お願い致します。数十年に亘り愛情と尊敬の念をもって続いてきた日本の聴衆の皆様との関係は、私の宝です」というメッセージを出した。

だが最終的にはさらに変更がなされて、以下のような内容になった。
 ショパン : ノクターン嬰ハ短調作品27-1、変ニ長調作品27-2
 ショパン : マズルカロ長調作品56-1、ハ長調作品56-2、ハ短調作品56-3
 ショパン : ノクターンヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : 子守歌作品57
 ドビュッシー : 前奏曲集第 1巻

なるほどこれは、ピアニストが渾身の力で鍵盤を叩く場面はほとんどない曲目である。それだけ腕の回復具合が思わしくないということなのかもしれないが、上記のメッセージにもある通り、このピアニストが日本の聴衆のために最善を尽くしてくれたものであると思われる。ポリーニのショパンとドビュッシーを聴けるのである。これはやはり、是非聴きたい内容であると私は思ったものである。
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通常、曲目変更だけではコンサートチケットは払い戻しにはならないが、今回はその変更が大幅であったため、主催者は払い戻しも受け付けた。そのせいもあったのかどうか、実際に会場に行ってみると、客席にはあちらこちらに空席がある状態であった。もともとピアノ・リサイタルとしては異例の高額チケット (であるがゆえに、今回も私は最安値席での鑑賞であった) ということも一因だったかもしれない。

今回のポリーニ、特に前半のショパンは、気のせいか少し疲れが見えるような気がしないでもなかったが、その底光りのする音は随所に聴き取ることができたことで、このピアニストならではの明晰性と独特の抒情は、充分に感じることができた。ドビュッシーの前奏曲は、確か前回の来日で第 2巻を聴き、今回はよりポピュラーな曲を含む第 1巻。高度なテクニックを駆使しながら立ち現れるその乾いた抒情性には、この作曲家の最良の面が出ていると思う。前回の記事にこのピアニストが克服して来たであろう壮絶な孤独に思いを馳せたが、それは今回も同じ。真摯にピアノに向き合うその猫背を見ているだけで、そこで鳴っている音に孤高の美学を感じるのである。また、技術的破綻は皆無で、腕の疲労という心配材料は、聴く限りにおいてはほとんどなくなっているように思われた。今回のプログラム冊子に、ポリーニ自身が語る言葉が掲載されているが、ドビュッシーについて、「それまで誰も聴いたことのなかったような音とハーモニーを用いて実験を行い、それによって、外面的印象の中から内面的な情調絵画を創り出しました。(中略) "印象主義" というレッテルでは言い尽くせるものではありません。ドビュッシーをひとつの方向から見るのでは不充分だと思っています」と語っていて興味深い。そう、印象主義は Imporessionism、一方で表現主義は Expressionism。日本語にすると全く語感の異なるこの 2つの美学は、実は表裏一体のものだと私は以前から思っている。限られたステージの照明の中でピアノに向かうポリーニの姿からは、芸術の流派とかスタイルを超えた、音楽の力を感じることとなった。

今回も終演後、花束を贈呈する人たち (男女 1名ずつ) がいたが、前回と異なり今回は、ピアニストが喝采に応えて再登場し、左手をピアノに軽くかけてステージ中央前面に立ったとき、正面から花束を差し出した。これならポリーニも無理なく受け取ることができ、作戦は大成功 (笑)。そしてポリーニが弾いたアンコールは、同じドビュッシーの前奏曲集第 2巻の終曲「花火」。これも華やかな技巧による粒立ちのよい音が散りばめられた演奏であった。

残る 1回のリサイタルには私は出掛ける予定はないが、この様子であれば当日券もあるのではないか。音楽ファンであれば、是非聴いておかねばならないリサイタルだと思いますよ。

by yokohama7474 | 2018-10-19 02:51 | 音楽 (Live) | Comments(0)

大野裕之著 : チャップリンとヒトラー

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この題名は一体なんだろう。チャップリンを知らない人も、ヒトラーを知らない人も、この日本にはそうはいないと思う。だが、この 2人を結び付けて何かを語れるであろうか。まぁ、世間一般の人たちがこの 2人の名前を結び付けて考えるとしたら、この映画ではないだろうか。
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そう、「独裁者」である。喜劇王チャップリンが独裁者ヒトラーを茶化したこの映画、その独善的な演説のパロディシーンがつとに有名である。だが現代日本に住む我々は、どれほどこの映画が作られた背景のことを、そして、別々の分野でそれぞれに良くも悪くも 20世紀を代表する存在となったこの 2人の人物の関係を知っているだろうか。答えは簡単で、ほとんど知らない。その理由も簡単で、これまでそれらの点について書かれた書物が (もし皆無ではなかったにせよ) ほとんどなかったからである。この本の筆者である大野裕之は 1974年大阪生まれ。京都大学大学院出身で、専攻は映画・演劇・英米文化史であるそうだ。そしてまた彼は、日本チャップリン協会会長である。チャップリンが 88歳でクリスマスの日に没したのは 1977年。なるほど、ということは、この本の筆者が生まれた 3年後であるからして、筆者大野は、リアルタイムのチャップリンを体験していないことになる。いやそれどころか、チャップリンの本格的な最後の作品である「伯爵夫人」は 1967年の作。そのひとつ前の「ニューヨークの王様」は 1957年の作。チャップリンはそんな時代にとっくに活動を停止していたのである。それなのに、きっとオールドファンも多いと思われる日本チャップリン協会の会長を、1974年生まれの人が務めるとは、大変に立派なことだ。

大野はこの著作でサントリー学芸賞を受賞した。この本に書かれていることは、それだけ歴史的な価値のある内容だということだろう。その詳細をここで要約するわけにもいかないが、いくつか興味深いことを列挙すると以下の通り。
・チャップリンの誕生日は 1889年 4月16日。ヒトラーの誕生日は 1889年 4月20日。なんと 2人の誕生日はたったの 4日違い!!
・チャップリンが撮影のためにチョビ髭をつけて映画デビューしたのは、1914年 1月。一方、未だ無名のヒトラーが、ミュンヘンで撮影された群衆写真においてチョビ髭を生やしているのが確認できるのは、同じ年、1914年 8月。この頃にはドイツでもオーストリアでも、未だチャップリンの映画が上映されてはいないので、ヒトラーのチョビ髭はチャップリンの真似ではなく、全くの偶然ということになる。
・英国人チャップリンはドイツではユダヤ系と信じられ、ナチスの蔑みの対象となっていたが、実際にはそうではない。ユダヤ人か否か訊かれたチャップリンの答えは、「そうではないが、自分のどこかにユダヤ人の血が混じっていると思いたいものだね」という、実にユーモアに富んだもの。
・ヒトラーはメディアを利用してファシズムを推し進めたという評価が一般的であるが、実はそれは、(確証はないものの) ヒトラーがチャップリンの人気を通じてメディアの威力を思い知ったからだと考えてもおかしくない。
・チャップリンの「独裁者」は 1940年の作。つまり、ヨーロッパで大戦が始まってわずか 1年後で、ドイツ本国ではヒトラーが未だ飛ぶ鳥を落とす勢いであった頃。また米国では未だ戦争は始まっていない。すなわち、チャップリンの「独裁者」は、同時代に対する警告であった。

これらはいずれも驚くべきことではないか。例えば、1914年の映画におけるチャップリンと、同じ年にミュンヘンの群衆デモに参加していたヒトラーは、以下のような具合。うーん (笑)。
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私が子供の頃、チャップリンはテレビで無声映画に弁士がついて古い短編映画を放送していることでおなじみであった。その後、「街の灯」や「モダンタイムス」「ライムライト」などをやはりテレビで見て、壮年期以降の彼の活躍にもイメージができてきたのであるが、それでもやはり私にとってのチャップリンは、チョビ髭にダボダボズボンのお笑い役者であった。もちろん、楽譜も読めないのに「ライムライト」のテーマのような名曲を作曲したと聞いて驚いたが、いかにもチャップリンらしい持ち味はやはり無声映画時代にあると思っていた。そんな理由で、実は「独裁者」の全編を見たことは未だにないのである。だが今こそ、この稀代の映画人の勇気や強い表現力に対して敬意を払うべきであろう。この本の中には、いかにチャップリンがこの「独裁者」という映画に情熱を傾け、数々の困難を超えてこの作品を世に問うことになったかの過程が詳細に述べられている。若干誇張気味に言ってしまえば、これは 20世紀という大戦争の時代のポジとネガを描いた労作であり、人間の愚かさと尊さについて、また、社会の危機においてはいかに笑いというものが人々を勇気づけるかということについて、多くの示唆が含まれている。戦争終結後 70年以上を経過した現在、ナチスを絶対悪として非難することは簡単だ。だが、当時ナチスは多くの人々の支持を得ていたわけであり、そんな時代に早くもヒトラーを揶揄する映画を撮ったチャップリンとは、いかに偉大な人であったか、よく考えてみる価値はあると思う。また、日本におけるチャップリン受容についても事細かく調べられていて、例えば戦時中にチャップリンを攻撃していた作家が、戦後は掌を返したように絶賛に走っている実例も、この本に挙げられている。人間は弱いものであり、大きな歴史の流れに抗うことなど、よほど勇気がないとできないことなのだと思い知る。だが当のチャップリンは、そのような賛辞に対してどのように応えるだろうか。「いやいや、私はただ自分が正しいと思うことをやっただけ。別に歴史がどうのという大げさなことではないよ」というものではないだろうか。
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いかにも強そうなものは、実は意外と強くなく、ポキリと折れてしまうこともある。その一方、ユーモアを身に纏い、飄々とした生き方をする人物に、実は強靭さが宿っていることもある。そう思うと、チャップリンの映画を久しぶりに見たくなってしまうのだ。沢山学ぶことがあるはずである。そして、この本を読むか読まないかで、チャップリンの偉大さについての理解度は格段に異なるがゆえに、映画好きのみならず、20世紀の歴史に興味のある方には、強くお薦めしたいと思う。

by yokohama7474 | 2018-10-15 23:08 | 書物 | Comments(0)

ヘルベルト・ブロムシュテット指揮 NHK 交響楽団 2018年10月14日 NHK ホール

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今年の 4月に来日して、自らが名誉指揮者を務める NHK 交響楽団 (通称「N 響」) と名演奏を聴かせてくれたスウェーデンの巨匠、ヘルベルト・ブロムシュテットが、早くも再来日である。その間に 91歳の誕生日を迎えたこの指揮者、このブログで何度も採り上げてきた通り、矍鑠という言葉さえ不要なほど活発な活動を展開中である。少し前まで、80を超えた巨匠指揮者と言えば、ヨボヨボと歩いてようやく指揮台に辿り着くと、椅子に座って別人のように精力的に指揮をするというイメージであったが、このブロムシュテットだけは、ごく普通にステージの袖から指揮台まで歩いて登場し、ごく普通に全曲立って指揮をする。そしてまた、彼の指揮のもとに鳴り響く音楽には、加齢による硬直化は微塵も見られず、テンポはキビキビとして爽快だし、音のドラマ性も充分。少々大げさに言ってしまうと、これまで人類が持ち得なかったほど異例に (笑)、その年齢を感じさせないヴァイタリティを保った、奇跡的な存在である。
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そんなブロムシュテットがこのような頻度で東京で演奏会を開いてくれることは、実に有難いことなのであるが、今回も意欲的な 3つのプログラムが並んでいる。そのうち最初のものは以下のような内容。
 モーツァルト : 交響曲第 38番ニ長調K.504「プラハ」
 ブルックナー : 交響曲第 9番ニ短調 (コールス改訂版)

なるほどこれは、モーツァルトとブルックナーの代表的な作品を並べた、ブロムシュテットとしても自家薬籠中のレパートリーである。東京の音楽ファンとしては、とても冷静ではいられないほどの内容である。そしてまた実際に耳にしてみて、とても冷静ではいられないほどの感動を覚える素晴らしい名演奏になったことを、最初に述べておこう。

まずモーツァルトの「プラハ」であるが、ヴァイオリンの左右対抗配置を採り、指揮棒を使わないのは最近のこの指揮者の通例通りであり、コントラバス 3本という編成も、今日ではスタンダードと言ってよいだろう。小さめで堅い音のティンパニを使っていたほかは、いわゆる古楽的な奏法ではない。だが驚くべきことに今回の演奏、すべての反復を実行していた。プログラムには演奏時間「28分」とあるし、手元にある 1982年のシュターツカペレ・ドレスデンとの録音も 29分程度。だが今日の演奏は、40分ほどはかかっていただろう。譜面台にスコアを閉じたまま置いたブロムシュテットは、全く老いのかけらさえ見せない暗譜による指揮ぶりである。その愚直な指揮姿から立ち昇ってくる清冽な音の流れを聴くのは、まさに至福の時間。この曲では第 1、第 2のヴァイオリン群の間でも楽しい掛け合いがあり、モーツァルトの愉悦感ここに極まれりである。N 響の高い演奏能力が巨匠の要求に見事に応えていたと思う。なお、思い立って、この指揮者が 2014年に同じ N 響でモーツァルトの 39番を演奏した録画を見てみたが、そこでは、譜面台はあるものの、スコアは置いていない。細かいこととは言え、人間長らく同じ仕事を続けていると、同じ方法を踏襲したいものである。4年前に置いていなかったスコアを今回置いていたことには、何か新たな意味があるのだろうか。

そして、ブルックナーの深遠なる最後の交響曲、第 9番。先の記事でも述べた通り、今月の東京では 3つの指揮者とオケの組み合わせでこの曲が鳴り響くわけであり、もちろんそれぞれの演奏にそれぞれの個性があることになろうが、それにしてもこのブロムシュテットと N 響の組み合わせは、期待通りというべきか、それはもう凄まじい演奏となったのである。ここでもブロムシュテットは、譜面台にスコアを置きながら、それには全く手を触れず、自らの感興の赴くままに指揮をした。そこには感傷性は皆無。旧来のドイツ的な重厚感一点張りのブルックナーとは異なって、細部のニュアンスに富み、その音の鮮烈さは、喩えてみれば、洗い立ての、生地の強い布のようなもの。90歳だろうが何歳だろうが、こんな音をオーケストラから引き出すだけでも大変なことである。ブルックナー特有の神秘性と俗っぽさの交錯もそのままに提示することで、そこには人間のドラマが立ち昇っていた。今回のゲスト・コンサートマスターは、もとウィーン・フィルのライナー・キュッヒルであり、彼のつややかなヴァイオリンが N 響を引っ張っていたことも間違いないだろう。キュッヘルは 2010年にフランツ・ウェルザー=メストとウィーン・フィルが日本でこのブルックナー 9番を演奏したときにもコンマスであり、スケルツォで何度も戻ってくる主要主題のうち一回で、前のめりになるあまり一人だけ飛び出してしまうというハプニングがあったのを思い出したが、それだけ情熱をもって演奏に取り組んでいるということだろう。それから今回の演奏で改めて気づいたことには、この曲において弦楽器は、実は 7番や 8番ほど滔々と歌うわけではなく、かなりピツィカートの部分も多いということだ。上記のスケルツォでは、弦の各部はピツィカートで始まり、ほとんどの奏者は弓を膝に置いての演奏であったが、唯一第 2ヴァイリンだけは弓を持ちながらピツィカートを奏しており、その理由は、このパートだけ、主要主題に入る直前までピツィカートで演奏しているからだ。ヴァイオリンの左右対抗配置によってそのことが視覚的に分かったわけだが、あの神々しいアダージョにおいても、時にピツィカートが耳に強く響いてくる。この未完の交響曲は、終楽章を欠いており、アダージョで終わるのだが、このアダージョ、実は 7番や 8番のそれほど、大河のような流れや、(ノヴァーク版で打楽器が鳴る) 明らかな頂点があるわけではないのである。神のために作曲していたブルックナーが夢見ていた音楽の行く末は、一体どんなものであったのだろう。そういえば今回の演奏楽譜には「コールス改訂版」とあって、プログラム冊子には特に解説はないが、耳で聴いて何か特殊な音響があるわけでもない (ブロムシュテットは、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管との録音でもこの版を使用している)。ただこのコールスという人は、ほかの何人かの音楽学者とともにブルックナー 9番の第 4楽章を補筆完成させた人。そのような観点でこの演奏を思い返してみると、特別なことは何もしていないにもかかわらず、天に召される直前のブルックナーがいかなる音を夢想していたのか、考えさせられる点もあったように思う。だが、第 3楽章における激しい葛藤がついには穏やかな境地に至り、ホルンとワーグナーチューバの歌 (7番の冒頭のテーマに似ているとよく言われるが、私にとってそれはあまり意味のない話) が、まるで青空に溶け込む雲のように消えて行ったとき、理屈ではない、ただ重い感動が胸を満たしたのであった。気の早い聴衆が何人か拍手をしたが、指揮者もオケも微動だにせず、数十秒の沈黙。そして指揮者が半分客席を振り返って、「もう拍手してもよいですよ」と促すような仕草をすると、金縛りが解けたように大喝采が沸き起こった。

ふと思い立って、N 響が過去にどんな指揮者とブルックナー 9番を演奏しているか、調べてみた。完全なデータはないが、一部だけでも興味深いので、判明しただけここに掲載しておく。
 1950年 尾高尚忠
 1968年 ロヴロ・フォン・マタチッチ
 1971年 ウォルフガンク・サヴァリッシュ
 1978年 外山雄三
 1981年 ホルスト・シュタイン
 1986年 フェルディナント・ライトナー
 1989年 若杉弘
 1996年 ハインツ・ワルベルク
 1998年 若杉弘
 2000年 朝比奈隆
 2014年 ファビオ・ルイージ

なるほど、なかなか厳選されたメンバーである。この中で、2000年の朝比奈隆は当時 92歳。今回のブロムシュテットよりもさらに上なのである!!

また、今回の会場で、ブロムシュテット初の自伝なるものが先行発売されていたので、購入した (その場にあった冊数は完売していた)。宣伝を見ると、20世紀の音楽家で交流のあった音楽家として、マルケヴィチ、バーンスタインと並んで、ジョン・ケージの名があるのが面白い。ブロムシュテットとケージの名前は全く結びつかないが、一体何が書いてあるのか、楽しみにしたい。
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by yokohama7474 | 2018-10-14 23:55 | 音楽 (Live) | Comments(7)

大野和士指揮 東京都交響楽団 (ピアノ : リーズ・ドゥ・ラ・サール) 2018年10月13日 東京芸術劇場

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今や東京でもトップを争うクオリティのサウンドを聴かせる東京都交響楽団 (通称「都響」) であるが、今月の指揮台には、音楽監督の大野和士が登場。待望のこのコンビによる演奏は、4つのプログラム。興味深いことに、そのうち 2回はフランス音楽によるもの。残る 2回はドイツ・オーストリア音楽によるもの。いずれも大野ならではの凝った内容で、これはどれも必聴のプログラムなのである。
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今回の演奏会にはテーマがあって、「ジャン・フルネ没後10年記念」「ドビュッシー没後100年記念」とある。ドビュッシーの没後100年については、ほかのコンサートでも様々に採り上げられているが、ジャン・フルネについてはどうだろうか。ほかに彼の没後 10年を記念して開かれた演奏会というものは、寡聞にして知らない。それもそのはず、フランスの名指揮者ジャン・フルネ (1913 - 2008) と最も縁の深かった日本のオケは、この都響であり、このオケにとって彼は、永久名誉指揮者であるからだ。
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この指揮者が日本の音楽界に果たした役割は非常に大きい。都響だけでなく、N 響、日フィル、新日本フィル、読響や大フィル、群馬交響楽団などを指揮している。今回の演奏会では、大野が開演前に登場して、フルネについて語っていた。フルネがフランスで生を受けた 1913年には、「春の祭典」世界初演という音楽史上画期的な出来事があり、またドビュッシーの「遊戯」の初演もこの年。作曲家で言えば、ベンジャミン・ブリテンがこの年に生まれている。そのようにモダニズムの台頭期に生まれたフルネの初来日は 1958年。それはドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」の日本初演であった (大野の説明にはなかったが、それはもともとドビュッシーと親交のあったデジレ=エミール・アンゲルブレシュトの代役であった)。都響には 1978年に初登場、その後密なる関係を築いた。現在その都響の音楽監督を務める大野は、藝大の学生の頃、フルネのリハーサルを見学していて、ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」において、冒頭のフルートが弦楽器とハープに引き継がれるところで、スコアから目を上げたという。というのも、明らかにそこで、冒頭のフルートソロとは異なる、豊かな音が鳴り響いたからであった。だが、目を上げた大野が見たのは、淡々と指揮を続けるフルネの姿であったという。普通指揮者は、ここぞというときには身振り手振りが大きくなるものだが、フルネの指揮ぶりに変化はないのに、明らかに音が変わったことに、大野は驚嘆したという。そして大野は、彼らしく、フルネの指揮ぶりを真似たのだが、何歩か後ろに下がった際に、ヴァイオリンの譜面台を倒してしまうというハプニング (笑)。そして大野は、フルネの功績として、フランス音楽の中でも、フローラン・シュミット (詩篇第 47番や「サロメの悲劇」) やデュティユーの紹介を挙げていた。それから、大変興味深いエピソードとして、近年、リヨンにいた大野のもとに、フルネ夫人から 5冊の楽譜が届いたということがある。これらはいずれもフルネが使用していたもの。大野はその楽譜を都響に寄贈したとのことだが、今回の演奏会ではその実物が展示されていた。まずはラヴェルの「ダフニスとクロエ」第 2組曲のスコアに書かれた長いクレッシェンド。
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同じくラヴェルの「スペイン狂詩曲」のスコアには、コールアングレの 3連符を軽く奏するようにとの書き込みがある。
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この「牧神の午後への前奏曲」のスコアにある書き込みは、「ニュアンスは書いてあるところで正確に。その前から付けてはいけない」等とある。
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私も随分この指揮者の実演に触れたものだが、そのすべてが超絶的名演であったわけではないものの、大野も指摘していたその優雅な立ち姿を含めて、忘れがたいコンサートがいくつもある。都響との録音も沢山残していて、私の手元にも、今数えてみると、19組の CD がある。ついでに、彼のサインをもらっていないか否かを調べてみたが、残念ながらそれはなかった。その代わりと言ってはなんだが、1989年12月15日、ベルリオーズの劇的交響曲「ロメオとジュリエット」の演奏会でフルネが都響の名誉指揮者に指名されたときの楽団からのメッセージと、2005年12月20日、92歳のフルネがやはり都響と行った引退公演における本人からのメッセージをお目にかけよう。
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そんなフルネ没後 10周年を記念する演奏会の曲目は以下の通り。
 ベルリオーズ : 序曲「ローマの謝肉祭」作品9
 ラヴェル : ピアノ協奏曲ト長調 (ピアノ : ルーズ・ドゥ・ラ・サール)
 ドビュッシー : 管弦楽のための「映像」から「イベリア」
 ラヴェル : バレエ音楽「ダフニスとクロエ」第 2組曲

まず最初の序曲「ローマの謝肉祭」は、上で言及したフルネの引退公演の曲目にもなっていた。その演奏は CD として市販されている。
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帰宅後に、自分も当日客席にいたこのライヴ録音を引っ張り出してきて聴いてみたが、今回の大野指揮の演奏よりも随分とテンポが遅い。もちろんそれは当然で、フルネと大野の持ち味はかなり違う。また、現在の都響のサウンドクオリティは、世界に誇りうるもので、颯爽と駆け抜ける演奏には、快哉を叫びたくなったものだ。そして 2曲めのラヴェルのコンチェルトを弾いたのは、現在 30歳のフランスのピアニスト、リーズ・ドゥ・ラ・サール。
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今回、大野のプレトークで、「ラ・サールというと、日本では学校の名前で知られているかもしれませんが、フランスの貴族の名前で、この人は貴族の生まれです」という説明があった。私は彼女の演奏を 10年ほど前から何度か聴いているが、貴族とは知らなかった。ご覧のように、まるでフランス人形のようなルックスで、正直なところこれまでの私の印象は、本当に人形のように、笑顔をあまり見せないタイプの演奏家というものであったが、今回は、その印象を一新するような鮮烈なラヴェルを聴かせた。今回のステージ衣装はお人形風のドレスではなく、黒いパンツルックで、しかも右腕は袖なし、左腕は袖ありというスタイリッシュなものであり、なるほど音楽家の印象は時とともに変わりうるのだな、と思ったことであった。一方、このコンチェルトでは、第 1楽章のトランペット、第 3楽章のファゴットといったパートに、思いがけないミスがあり、あぁっと思ったものである。都響と言えども、常に完璧ではない。ただそれも、人間の行っている演奏行為としては当たり前のことかと思う。ドゥ・ラ・サールは終演後何度かステージに登場し、「メルシー。アリガトウ」と言って、ドビュッシーの前奏曲集第 1集から「パックの踊り」を披露した。これも実に鮮やかな演奏であった。

休憩のあとの 2曲、ドビュッシーの「イベリア」とラヴェルの「ダフニス」第 2組曲は、それはもう素晴らしく中身の詰まった演奏で、大野と都響のコンビであればこれだけの高度な演奏を聴くことができるのだという好例であった。そうして私の思いは、オケの伝統というものに辿り着く。かつてフルネが指揮したこのオケには、そのフルネが死して 10年経っても、その足跡が残っている。同様に、かつてこのオケが演奏してきたマーラーや現代音楽というレパートリーも、それぞれの指揮者の思い出とともに、これからも繰り返されて行くものと思う。東京という街を代表するオーケストラとして、都響の今後には大いに期待したいものである。

by yokohama7474 | 2018-10-13 23:31 | 音楽 (Live) | Comments(3)

ピエタリ・インキネン指揮 日本フィル 2018年10月12日 サントリーホール

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今年 38歳の若さでありながら、日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「日フィル」) の首席指揮者をはじめ、世界で活躍するフィンランド人指揮者、ピエタリ・インキネンが、6月に続いて日フィルの指揮台に登場した。以前にも触れたが、このオケのシーズンは 9月に始まり、その 9月の定期公演は正指揮者の山田和樹が指揮したのは例年通り。だが、やはり新シーズンが始まって早めのタイミングで首席指揮者が登場するのはやはり望ましい。その意味で、今回インキネンが、ひとつのプログラムを振るためだけに来日したことは、多忙なスケジュールを縫って、どんどん激化する東京のオーケストラ界に、このコンビの存在意義を見せようという意欲の表れであったのかもしれない。
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その演奏会、曲目は以下の通りであった。
 シューベルト : 交響曲第 5番変ロ長調
 ブルックナー : 交響曲第 9番ニ短調

東京における過密なコンサートスケジュールにおいて、偶然なのかあるいは関係者に何かの意図があってのことなのか、同じ曲目を、近いタイミングで違った顔合わせによって体験するというケースがよく見られる。実は今月はブルックナー 9番の当たり月 (?) で、このインキネン / 日フィルに続き、ブロムシュテット / N 響、そして上岡敏之 / 新日本フィルも演奏するのである。ブルックナーがその生涯の最後に作曲し、3楽章まで作曲したところで天に召されてしまったため、絶美のアダージョで終わるというこの曲は、演奏する側も生半可な気持ちでも取り組めないものであろう。そんな重い曲を、東京の聴衆は立て続けに聴くこととなる。これは老年のブルックナー。生涯独身であったこの作曲家の内面で、神への賛美がどのように鳴り響いていたのであろうか。
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さて、私は過去もこのブログでインキネンと日フィルの演奏を何度か採り上げ、その時々で率直な感想を記してきたが、ワーグナーやブルックナーという、最近このコンビが積極的に採り上げている後期ロマン派のレパートリーの演奏に関しては、高く評価することを何度か保留してきている。それは、これまで接してきたインキネンの指揮ぶりは、決して豪快とか壮絶というタイプではなく、どちらかと言えばすっきりとした清澄なタイプであると見受けるからである。もちろん、そのようなスタイルでワーグナーやブルックナーがうまくいかないと決めつける必要はないので、その度に期待を込めて会場に足を運んでいるのである。そして今回も、優れた面も理解できる一方で、課題も認識する演奏会となった。

まず最初のシューベルト 5番は、実に可愛らしく気の利いた曲で、私も大好きなのであるが、今回のインキネンと日フィルの演奏では、弦楽器の豊かな表情を堪能することができた一方で、もう第 1楽章の冒頭が響いた瞬間から、管楽器の緊密性が今一歩欲しいと思ってしまったのである。管楽器と言ってもこの曲の場合、フルート 1本、オーボエ、ファゴット、ホルンが各 2という大変に小さなもの。そうであるがゆえに、愉悦感の表現のためには、本当に絶妙の管楽器のバランスと呼吸が欲しいところである。指揮棒を持たずに指揮をしたインキネンは、その点に当然留意はしていたとは思うものの、音の線と線の間に、なんというか、ごくわずかな隙間が感じられる瞬間が一度ならずあったと聴いた。もちろん、凡庸な演奏と言うつもりはなく、流れのよい演奏であったと思うし、終楽章で弦がそれなりに盛り上がる箇所などは、高い集中力で耳を惹きつける響きが実現していた。それゆえにこそ、さらなる音の緊密さを期待したくなってしまったのである。

その思いは、メインのブルックナーでも時に感じることとなった。この曲の冒頭は、ブルックナーのほかのシンフォニーにもしばしば聞かれる通り、静寂から神秘的な音が動き始め、頂点に達してその壮大な全容が見えるという作りになっているが、その冒頭の神秘性に、やはりさらなる緊張感があれば・・・と思ったのである。弦楽器は概して素晴らしかったものの、冒頭すぐのヴァイオリンに、意外にもごくわずかな不安定さを感じることとなったのは、オケの中の、ある種の連鎖反応であったのかもしれない。だがその後弦楽器は立ち直って多様な曲想を情感豊かに歌い上げ、また金管楽器は強い音でブルックナーらしさを作り出したし、全曲を通じてティンパニがかなりの熱演で盛り立てることで、音楽にメリハリが生まれているとは思ったが、残念ながら木管楽器には、やはりところどころにおいて引き続き課題が残ったような気がする。この作曲家の特異性ゆえであろうか、全体のうねりの中から本当に感動的なものが立ち上がってくるには、錯綜する音の線たちがさらにさらに緊密に絡み合わないといけないと思う。もっとも、全曲が終わる頃には、そのようなことを忘れて清澄な音楽に身を委ねたいという思いに囚われることにはなったものだが、この曲はかつて東京で数々の老巨匠たるブルックナー指揮者たちが超絶的な演奏を繰り広げてきたことを思うと、今回の演奏にはやはり、まだ課題が残るなぁ、というのが私の率直な印象である。

ただ、このように書いてはいても、やはりインキネンと日フィルは、東京を代表するコンビのひとつである。是非これからも意欲的な取組を期待したい。ところで今回の会場では、インキネンの前任者であるロシア人のアレクサンドル・ラザレフとおぼしき人物も姿を見せていた。これが私の見間違えでないとすると、大変興味深い。というのもこのラザレフが日フィルを振る次回のコンサートは 11月初旬。今からまだ 1ヶ月近くもあるのである。ラザレフは日本にそんなに長く滞在するのであろうか。それから、日フィルの今後の予定を見ると、そのラザレフとの演奏会の前、11/1、2 の 2日に亘って、ソウルで大植英次の指揮で演奏会を開く。そして来年の 4月には、インキネンとともにヨーロッパへ演奏旅行に出かけるのである。健闘を祈ります!! インキネンとはその前に、年明けのブラハ響との演奏会でも日本で再会するのを楽しみにしよう。
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by yokohama7474 | 2018-10-13 01:57 | 音楽 (Live) | Comments(2)

マウリツィオ・ポリーニ ピアノ・リサイタル 2018年10月 7日 サントリーホール

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10月にして真夏日となり、蒸し暑かったこの日の東京は、三連休の中日の日曜日。私も、青空に促されるように、最近サボり気味であった美術館巡りを決行、3ヶ所で 4つの展覧会を見て、眼福という意味ではもう満ち足りた日になったのだが、最後に耳のイヴェントが残っていた。19時からサントリーホールで開かれる、現代最高のピアニスト、マウリツィオ・ポリーニのリサイタルだ。今回東京で開かれる 3回のうち最初のもの。ポリーニについては、音楽ファンにとっては今さら何の説明も不要だが、1942年ミラノ生まれのピアニスト。長らく世界のトップを走り続け、現在 76歳である。
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このブログでは、2016年 4月10日の記事で、彼の前回の来日公演をレポートした。今自分でもそれを読み返し、これから今回の演奏について語ろうとして、何か私の心の中に沸きあがってくるものがある。それを言葉で表現する必要があるのだが、さて、どうしよう。うまく言い当てられるか否かは自信がないのだが、一言で言ってしまえば、ピアニストという孤独な芸術家として、ポリーニが積み重ねて来たものが、いかに偉大であるかということ。そして、この芸術家と同じ時代に生きることができる我々はいかに幸運であるかということだ。いきなり大上段に振りかざしてしまったが、今回サントリーホールを埋めた聴衆のほとんどが、そのような思いを抱いたのではないだろうか。2年半前の記事に書いたが、私が彼の実演を初めて聴いたのは 1986年 5月16日。NHK ホールでの青少年のためのコンサートと題されたベートーヴェンのソナタ 4曲からなる演奏会であった。私の記憶に鮮明に残っているのは、巨大な NHK ホールの 3階からでも、音の粒がピアノから放射されているような硬質で情報量の多いピアノである。当時 20歳であった私はその日の夜、帰宅してからも興奮さめやらず、その演奏を終えた偉大なピアニストが、同じ東京の夜空の下で今現在、休息を取っているのだなと思うと、その夜空に神秘的なものすら感じたものである。その 9日前にポリーニは、小澤征爾指揮新日本フィルとともに、シェーンベルクのピアノ協奏曲の日本初演を行い、私はそれも聴いていた (当時確かこの曲の唯一の録音であった、グレン・グールドとロバート・クロフトによるレコードを、名曲喫茶でリクエストしてかけてもらって予習したものだ)。あ、そうそう、その小澤とポリーニが、東京文化会館でのカルロス・クライバーとバイエルン国立管弦楽団の演奏会に並んで姿を見せ、終演後には 2人とも聴衆に混じって熱心な拍手を送っていたのも、この前後 (確か 5月10日のベートーヴェン 4番、7番のプログラム) だった。因みに、そのシェーンベルクのコンチェルト (メインのマーラー 5番も、特に前半が凄まじい演奏だったのを覚えている) のプログラム冊子はこちら。終演後に小澤さんのサインをもらいに行ったが、ポリーニは出て来なかった。
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ポリーニはその後も数年おきに来日し、通常のリサイタル以外にも、ブーレーズ・フェスティバルやポリーニ・プロジェクトなどの意欲的な活動を日本でも展開してきた。今回のプログラム冊子には、1974年以来の彼の過去の来日公演曲目がすべて載っていて興味深いのだが、彼が演奏してきたレパートリーは、本当に彼自身が厳選したものだけであり、東京の聴衆はそのようなこのピアニストの神髄に、何度も触れてきたのであると思う。

そのようなポリーニが今回演奏したのは、以下のような曲目だ。
 シューマン : アラベスク作品18
 シューマン : アレグロ ロ短調作品8
 シューマン : ピアノ・ソナタ第 3番ヘ短調作品 14 (初版)
 ショパン : ノクターン ヘ短調作品55-1、変ホ長調作品55-2
 ショパン : ピアノ・ソナタ第 3番ロ短調作品58

つまり、前半はシューマン、後半はショパンで、前半と後半のそれぞれにおいて、小品のあとには、どちらもピアノ・ソナタ第 3番を配している。シューマンもショパンも、ポリーニがこれまで真摯に取り組んできた作曲家であるが、特にシューマンの 3番のソナタは、一般的な知名度はそれほど高くないにもかかわらず、彼は随分以前からレパートリーにしていて、私が初めてこの曲を聴いたのも、ポリーニのライヴ演奏を収録した FM 放送であった。「管弦楽のない協奏曲」という副題を持ち、その名の通り、華麗な音のつながりに満ちた曲である。一方、ショパンの 3番のソナタは、2番と並ぶ有名曲であり、こちらはコンサートのメイン曲目にふさわしい。

今回の演奏について、細部をあれこれ書きたいとは思わないので、全体を通した感想を記すとすると、老いによる技術の衰えを自らに対して決して許すことのないこのピアニストが、何かさらに一段高い境地に達したような気がするのである。つまり、私は過去 10年くらいの間において、若い日の完璧なスタイルを貫こうとするこのピアニストが、その思いとは裏腹に、ミスタッチを犯してしまうところを何度か目撃したことがあるので、今回の演奏においてミスタッチが皆無であったことに、まずは驚嘆したのである。だがその代わりと言うべきか、ポリーニの唸り声が始終聴こえてくる。その唸りは、音楽の曲想に合わせて絞り出されていて、ピアノを弾く行為と密接に関係していたと思う。ここにあるのは、常に自らの限界に挑戦する、非凡なる芸術家の姿である。つまり、普通であれば、年齢を経たピアニストの場合には、技術ではない何かがその音楽の内面に充溢することで、聴く人を感動させる。だがポリーニの場合には、技術的に完璧であり続けることで、その音楽が自然に何かを語り出す、そんな印象なのである。華麗な音が連なる箇所でも、静かな歌が流れる箇所でも、そこには感傷がないがゆえに、聴いているうちに不思議な美的世界が聴衆の前に広がってくる。それは、ただ無機質な音の世界かと言えば、そうではない。そこには、唸り声を出しながら懸命に音楽を進めている、マウリツィオ・ポリーニという一人の人間がいるからだ。孤独を抱える人間の手になるものであって、しかも人間世界を超えた響き。こんなピアノを聴けることは、そうそうないと思う。今回ポリーニはアンコールを 2曲弾いたが、ひとつはスケルツォ第 3番嬰ハ短調作品39。そして、会場の照明が明るくなって、聴衆がそろそろ席を立ち始めたときに思いがけなく始まった 2曲目は、子守歌変ニ長調作品57。いずれも見事であったが、特に後者は、私にとってなじみのない曲であったものの、何かこの世のものではないような清澄さに、深く心を打たれたのである。この子守歌は同じ主題が繰り返されるが、調べてみると、最初は変奏曲と題されていたとのこと。独特の情緒ある曲で、ポリーニは 1990年にスケルツォ全集に、舟歌とともにこの曲も録音している。
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以前の記事にも書いたが、ポリーニは、最近の 70代にしては老けて見える。歩く姿もトボトボしていて、猫背である。だが一旦ピアノの前に座るや否や、そこには音楽への情熱に満ちた人間が立ち現れる。その姿には、壮絶な孤独がある。1960年にショパンコンクールで優勝して以来 (最初の頃に休業期間があったものの) 既に 60年近いキャリアを持つ彼であるが、その間に克服してきた孤独は、いかなるものだろうか。
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今回は 2人の女性の聴衆がステージに花束を届けようとしたが、ポリーニはそれに目をやりながらも、受け取りに行くことはしなかった。ファンへのサービス精神を欠く人ではないから、決して無視したわけではなく、恐らくは、袖とステージの間の直線での往復からそれて歩くのが嫌だったのか、あるいは、年齢的なこともあって、腰をかがめてステージ下から花束を受け取ることに不安を感じたのかもしれない。女性ファンたちはその様子を見て、ステージの端に遠慮がちに花束を置いて、この稀代のピアニストへの尊敬を表することとなった。心温まる光景であった。そうして今、深夜に記事を書いている私は、32年前に初めてポリーニを聴いたときと同じく、あの素晴らしい音の粒を立ち昇らせたピアニストが、今同じ東京の空の下で休んでいるのだと思うと、心が高揚する。彼が克服して来た孤独が、人々の心を動かす大きな力になっていることを、改めて感じながら。

by yokohama7474 | 2018-10-08 01:42 | 音楽 (Live) | Comments(8)


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