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1月の最後に来て、大物指揮者とオーケストラの組み合わせである。イタリアのナポリ生まれ、現在 77歳のリッカルド・ムーティと、歴史から言っても実力から言っても世界のオーケストラの雄のひとつ、シガゴ交響楽団。ムーティが 2010年にこのオケの音楽監督に就任して以来、今回が 2度目の来日であり、上のチラシにある通り、「最後の巨匠」だの「最強のヴィルトゥオーゾ・オーケストラ」だのという宣伝文句も華々しい。それは、このコンビには、そのような強力な売り込みが可能なネームヴァリューがあるということだろう。

さて、ふと冷静に考えてみると、私がシカゴ響の実演に触れるのはかなり久しぶりだ。というのも、前回 2016年のこのコンビの来日は、やはり 1月であったが、折悪しく出張と重なって、聴けなかったからだ。その後、現地シカゴに飛んでこのコンビを聴いてみたいと何度か画策しかかったものの、結局果たせず、実は今回初めてムーティ / シカゴの実演に接することになる (CDは何枚か聴いているが)。シカゴ響自体は、今手元で調べたところ、来日公演という意味では 2003年のダニエル・バレンボイム指揮の演奏以来、私は聴いていない。海外も含めると、2008年にベルナルト・ハイティンク指揮で、ロンドンのプロムスにおいてシカゴ響を聴いているが、それからでも既に 10年以上が経ってしまっている。私の世代は何と言っても、ゲオルク・ショルティ時代のシカゴ響の圧倒的なサウンドによってクラシック音楽の醍醐味を知った人も多いはず (好き嫌いは別として)。その意味で、久しぶりに聴くその世界最高峰オケの響きに、期待が高まらないわけがない。今回の彼らの来日公演は、3つのプログラムによって、東京で 4公演、大阪で 1公演を行う。今回はその初日で、曲目は以下の通り。
 ブラームス : 交響曲第 1番ハ短調作品68
 ブラームス : 交響曲第 2番ニ長調作品73

さて、この曲目をいかに評価しようか。ムーティのコンサートレパートリーにはある種のこだわりがあり、若い頃のフィルハーモニア時代 / フィラデルフィア時代と、スカラ座時代、またそれ以降と、一貫して採り上げている若干変化球のレパートリーもあれば、もちろん王道を行くレパートリーもあり、また、ブルックナーやマーラーではかなり選別的な採り上げ方をしている。その意味ではブラームスの交響曲などは、まさに王道ではあり、かつて全集も録音しているものの、これぞムーティというイメージでもない。それから、そのブラームスの 1番・2番を一晩のコンサートで採り上げることなど、そうそうあるものではない。それは、双方ともに、一晩のコンサートのメインディッシュになるだけの内容と盛り上がりを持っているからである。そもそも、天下の名曲ブラームス 1番を「前座」に持ってくるとは!! と驚く向きもあるかもしれない (昔マタチッチがそれをやっているが、メインはベートーヴェン 7番であった)。これには恐らく主催者側の要請もあるだろうが、このムーティという人は、自分が納得しないことは絶対にしない人だろうから、何か理由があるはず。
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もちろん音楽の話であるから、聴く人がそれぞれの感想を抱けばよいわけであるが、私が今回の演奏を聴いて感じたのは、この 2曲の、共通点と相違点である。これは音楽史の常識であろうが、ブラームスは最初の交響曲を書くのに呻吟し、20歳から 40歳までの 20年間を要したのに対し、続く第 2番の方は、避暑地のリラックスした雰囲気の中で、数ヶ月で書き上げられている (それは作品番号の近さにも表れている)。およそ駄作というもののないブラームスの作品であるから、いずれも大変な名曲であることは間違いないのだが、この 2曲の対照こそ、この作曲家の本質を知るには恰好のものであると思うである。

1番の演奏は、ある意味で巨匠風の堂々たるものであったと言えると思う。だがその一方で、押し出しが強すぎるということでもなく、また、情熱に任せて荒れ狂う (若い頃のムーティは、一部でそのように見られていたと思う) 演奏でもない。昔のドイツの巨匠なら、もっと重い音で滔々とした流れを生み出しただろうし、冒頭のティンパニなどには、さらに強いアクセントを求めたであろう。だが、今回のムーティとシカゴの演奏では、弦楽器には常に美感を感じることができ、木管楽器もこれ見よがしに飛び出したりはしない、その意味での中庸の美徳はあったように思う (第 2楽章のオーボエなど、もっと目立つ演奏をすることもできるはず)。しかしながら、ただ淡々と流れて行く演奏ではなく、時にはわずかながらタメを作ってみせる場面もあって、勝手な先入観を持って予測しながら聴いていると、おっとと思うような箇所もあった。素晴らしいと思ったのは、そのような細部の彫琢がありながら、聴き終わったあとには、上で書いたような巨匠風の風格を感じさせたことである。あえて誤解を承知で言えば、これは「前座」としての美しい 1番であったと言えるのではないだろうか。

翻って 2番であるが、これはまたなんと、深く孤独な歌に満ちた音楽として響いたことか!! 第 1楽章は、ほとんどの部分がブラームスらしからぬ明朗な音楽になっているところ、実は、時にメランコリーに沈んで行く場面もあることに、改めて気づかされた。第 2楽章では抒情が支配するが、冒頭のチェロをはじめ、過剰な歌い方は避けられ、音楽としての美感からの逸脱はない。第 3楽章もおざなりではない丁寧な表現で、終楽章でも、力任せの加速はない。音が隅々まで鳴っていて、そこには余分な感傷の入り込む隙はないのである。さらに聴衆を激しく興奮させる演奏というものもあるだろう。だが私はこの 2番の演奏の随所において、決してこれ見よがしな演出はされていないのに、その響きに感動するという経験をした。これこそまさに音楽の醍醐味というものではないだろうか。1番のあとに 2番を聴いたことで、初めて実感できたことも多々あったように思う。尚、ムーティだから当然であるが、両曲とも第 1楽章の反復は実行していた。

指揮者の円熟という表現をよく目にする。だが、その意味するところは様々で、ただ年老いて身振りが小さくなったことで、結果的に円熟味が出て来る指揮者もいる。ムーティの場合はそうではなく、さすがに若い頃の精悍さはそのままではないにせよ、77歳としては充分若く見える彼が、現在の手兵を相手に、このように練りに練った音楽を聴かせてくれることには、ただ「円熟」などという言葉に代替できない、やはり大いに感動的なものがあると思うのである。そして、シカゴ交響楽団。久しぶりに聴いたこのオケには、まさに「今」の音楽があった。ショルティ時代のようなド迫力とは異なる美感は、今まさに、ムーティとの共同作業でさらにそのレヴェルを高められているものだと思う。尚、演奏中にステージを見ていると、ティンパニの横に空いている打楽器の席があるので、それがトライアングルかシンバルかによって、アンコールはあれかこれだな、と思っていたのだが、シンバルなら既にそこに置いてあるはずが、楽器が見当たらない。そう思って 2番の演奏終了後に見ていると、案の定トライアングルと、それからピッコロ奏者が登場して始まったアンコールは、もちろん、同じブラームスの、ハンガリー舞曲第 1番であった。これもまた、深いところに情熱を秘めた聴きごたえのある演奏であり、シカゴ響の「今」を感じる演奏であった。

さて今回、特定の CD を購入すれば終演後にムーティのサインがもらえるとのことで、CD 売り場は大変なことになっていたが、私もヴェルディのレクイエム (2009年録音) を購入。サインを頂いた。普通終演後のサインは、指揮者が出て来るまでにかなり待たされることが多いが、ムーティはほんの 10分程度で、着替えもせずに出て来て、長蛇の列に応対していた。写真撮影は許可されなかったが、ともすれば気難しいと思われがちなマエストロが、かなり上機嫌でサインしている姿を見て、今回の演奏に満足していることが伺い知れたものだ。
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さて、せっかくムーティの今回のサインをご披露したのであるから、もうひとつ、古いものをお目にかけたい。実は以前も記事で書いたことがあるように思うだが、私の手元にあるもうひとつのムーティのサインがこれである。
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実はこれ、1981年 6月に、今回の会場と同じ東京文化会館で頂いたもの。それは、フィラデルフィア管弦楽団の来日公演でのことであり、ムーティは当時このオケの音楽監督に就任したばかりだった。だが実は、この時のムーティは、東京文化会館では指揮をしていない。私がこのサインをもらったのは、当時の桂冠指揮者、ユージン・オーマンディ指揮のコンサートであった (内容は、今でも思い出すと鳥肌立つほどすごいものだった)。実はそのとき、休憩時間に客席にムーティの姿を見掛け、なんとも厚かましいことに、サインを求めに行ったのである。厚かましい少年の依頼に、笑顔こそ見せなかったものの (笑)、こんなにしっかりサインをしてくれたムーティは、やはりファンを大事にする人であると思うのである。そんな個人的な思いもあるので、今回、実に 38年ぶりにサインを頂き、感無量である。これまでずっと聴き続けてきたこの指揮者、これからも聴き続けたいのはもちろんだが、まずはあと 2つのシカゴとの演奏会を楽しみにしたい。


by yokohama7474 | 2019-01-31 00:54 | 音楽 (Live)

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相も変わらず精力的な活動を続ける井上道義。ここ数年、彼の活動に大いに感嘆してきた私は、今回もまた、東京の、いや日本の音楽界における冒険に立ち会うことができた喜びを思っている。2015年、咽頭がんから復帰して間もない頃の井上が、野田秀樹と組んで全国で「フィガロの結婚」の上演を行ったことは記憶に新しい。私は実演では見ることができなかったが、テレビでその上演を見て、大いに心を動かされるものがあった。そして今回、その井上が採り上げるのは、同じモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」である。これは東京芸術劇場シアターオペラと題されたシリーズの 12回目。これは、東京都が運営するこの劇場が、全国のほかの団体と共同企画で行っているオペラ公演の一環である。今回東京では 2公演であり、演奏は読売日本交響楽団が受け持ったが、その前に富山のオーバードホール (オケはオーケストラ・アンサンブル金沢)、この後は熊本県立劇場 (オケは九州交響楽団) でも公演が行われ、全国 3都市で合計 4公演ということになる。これは「フィガロの結婚」の 10都市 13公演よりは小規模ではあるものの、やはり意欲的な試みであることに違いはない。以下、ざっとではあるが、その意欲的な試みをご紹介したいのだが、そのような試みのまず第一は、演出をダンサーに任せたことである。国際的にも知られるそのダンサーの名は、森山開次。これが本公演の首謀者ふたり。
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もともと前衛パフォーマンスが大好きな私ではあるが、最近ではなかなか時間が許さず、この森山の実際の舞台を見たことはない。だが、テレビでは何度か、彼自身の語る姿とともにそのダンスを見掛けたことがあり、ただならぬ才能であろうというイメージはある。今回は、井上の依頼を受けて、初めてオペラの演出に挑戦するという。井上曰く、「本当の舞台人で身体能力と知性と感性を兼ね備えている彼をサポートするのは刺激的だ」。一方の森山も、「『ドン・ジョヴァンニの演出をしないか!』井上道義さんにそう持ちかけられた時、私は初めてのオペラ演出に慄くどころか、その瞬間からドクドクと発想が湧き出し、興奮していた」と語る。

そして今回の上演のもうひとつの大胆な試みは、日本語上演ということ。そう言えば前回の「フィガロの結婚」では、歌詞はオリジナル通りイタリア語でも、レチタティーヴォ (チェンバロの伴奏に合わせて、歌手がセリフに抑揚をつけて歌うこと) は日本語であったと記憶する。だが今回はなんと、レチタティーヴォのみならず、アリアを含む歌唱もすべて、日本語なのである!! クラシック音楽の世界では、過去数十年の間、原語主義が金科玉条とされており、このオペラの場合は、もともと書かれたイタリア語で上演されることが普通。それゆえ、この時代に日本語上演とは、何か逆行的なイメージを持つ人がいても仕方ないだろう。私も本公演を見るまでは、日本語上演ということが、どうも信じられなかった。なぜなら、キャストには外国人歌手を含むからだ。ここで再び井上の発言を引用すると、「日本語上演をあえておこない、言葉と言葉で皆さんの心に入り込もうと目論んでいる。勿論 2人の外国人は日本語がペラペラだ。すでにこの国は充分国際的なのだ」とのこと。

今回の訳詞は、井上自身が手掛けている。私は、随分以前に聴いた「カルミナ・ブラーナ」や、この記事でも採り上げた昨年の大阪でのバーンスタインのミサ曲の上演を通じて、彼の訳詞のセンスには信頼感を持っている。そしてまず感想をその点から記すとするなら、この訳詞は大変な労作であると思う。隅から隅まで日本語がバッチリ音楽に乗っていたかと言えば、さすがにそうではないかもしれないが、凝縮されたストーリーの流れの中で、日本語による違和感をさほど気にすることはなかった。日本語のオペラも既に様々な作品が存在していて、その中には名曲と呼ばれるものもあるわけだが、私の思うところ、どうしても歌詞の乗りがしっくりこないことが多い。だが、よく考えてみると、この作品は確かにイタリア語で書かれているとは言え、ベルカントや、あるいはヴェルディ以降のオペラのようには、華麗に宙を舞うイタリア語の響きが重要というわけでは決してない。古典音楽であるがゆえに、過度に感情的にならない平明な旋律線で書かれていて、体言止めや擬態語・擬声語を駆使すれば、日本語でもそこに乗るわけである。ごく些細な一例を挙げてみると、従者レポレッロが歌う「カタログの歌」に、1,003という数字が出て来るが (音楽ファンなら先刻ご承知であろうから、それが何の数字であるかは、ここでは省略。笑)、原語では "mille e tre" であるものが、その歌い方が、この 3単語を切って発音するので、それをそのまま「せん、さん、にん (1,003人)」と置き換えても、意外とすんなり通るのである。ことほどさように、井上の苦心の歌詞は、あちこちでこの上演の力 (つまり、聴衆に訴える力である) になっていたと言えるであろう。そして、ひとつの工夫は、歌詞にもレチタティーヴォにも終始英語字幕がついていることに加え、歌唱の部分には日本語の歌詞が字幕で出る。レチタティーヴォは基本的にひとりひとりが語るのに対し、歌になると重唱もあるし、やはり歌詞が聴き取りにくくなる。そのことへの心憎いばかりの配慮であった。私が聴きながら考えていたことは、原語主義には充分な価値があるのはもちろんであるが、日本語上演も意味がある。それはやはり、音楽の普及という観点でのことである。この演出がさらに全国の多くの都市で上演されることで、人々のこのオペラへの理解は、格段に深まると思うのである。これが、指揮者、演出家に、歌手陣を加えた陣容。
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だがそれとても、やはり歌手がしっかりしていなくては始まらない。今回、2名の外国人を含む 8名の歌手 (上で 9名いるのは、唯一ツェルリーナ役だけがダブルキャストであり、私の見た公演では歌っていなかった小林沙羅も、上に写っているからだ) は、それぞれに熱演であり、むしろ原語の方が歌いやすい日本人歌手もいたであろうに、日本語歌詞に役柄の思いを乗せていて、概して素晴らしい出来であった。井上も「見た目にも、聞こえた耳にも、満足できる歌手ばかり!」と絶賛している。日本人の名前だけ挙げておくと、レポレッロが三戸大久。ドンナ・アンナが髙橋絵理。ドンナ・エルヴィーラが鷲尾麻衣。ドン・オッターヴィオが金山京介。ツェルリーナが藤井玲南。マゼットが近藤圭。それから合唱は、東響コーラス (東響とは異なるオケとの共演は珍しいのでは?)。

そんな歌手陣の中でも、主役のヴィタリ・ユシュマノフは、日本語を難なく使いこなしているというだけでなく、ドン・ジョヴァンニにふさわしい悪漢ぶりと、どこか憎めない部分とを充分に描き出していた。サンクトペテルブルク生まれで、マリインスキー劇場のアカデミーやライプツィヒで学んだ人だが、2008年にマリインスキー劇場の引っ越し公演で初来日して、日本に魅せられてしまったそうだ。2015年には日本に拠点を移して活動中。こんなアルバムも発表している。彼なくしては、この公演は成功しなかっただろう。
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もうひとりの外国人は、騎士長役のデニス・ビニュシャ。この人はウクライナ出身だが、東京在住とのことで、やはり日本語が堪能であるらしい。うーん、日本人は日本語をかなり特殊な言語と認識していると思うのだが、そして、日本の社会はかなり閉鎖的であると認識していると思うのだが、このような人たちが日本で活躍していることの意味を、我々はよく考えた方がよいかもしれない。
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今回の上演では、ちょっと狭い楕円形のオーケストラ・ピットの周りを歌手やダンサーたちがぐるっと動けるようになっていて、ステージ上には、左右から昇っていけるねじれた階段があり、その下、舞台奥に空いた大きな穴から、演者たちが出入りする仕組み。舞台のセットは最小であったが、歌手たちはしっかり衣装を着ていて、いわゆるコンサート形式上演とは一線を画し、これは本格的なオペラ公演とみなすべきである。東京芸術劇場はもちろんコンサートホールであって劇場ではないが、この方法なら、過剰なお金をかけずともオペラ上演ができ、そしてこれは地方公演にも適した演出である。演出といえば、森山によるダンスの振付は、静かな部分を邪魔することなく、また華やかな部分を盛り上げ、加えて舞台上で時に黒子の役まで果たして、なかなかに機能的。女性ばかり 10人のダンサーたちが、ほぼ出ずっぱりの熱演。そして最後は、こうやってドン・ジョヴァンニを地獄に引きずり込んで行く。これは森山の解釈で、ドン・ジョヴァンニは騎士長ではなく、過去の女たちによって地獄に墜ちるということであるそうだ。
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そうしてやはり、井上の指揮する読響の響きは、期待通り素晴らしいものであった。このオペラの序曲 (大詰めで騎士長の亡霊が現れるシーンの音楽) は、それ以前に西洋音楽になかったような、ある意味でのホラー的な要素を持っていると思うのだが、やはりこのオペラ全曲の演奏においては、古典的な佇まいを聴き取ることができることが重要だと思う。その点井上の指揮は、いつもの爆裂的なものとは今回はほど遠く、音色の美しさを大切にしており、それゆえにこそ、クライマックスの地獄墜ちのシーンの迫力が生きたと思うのである。

このように、いろいろな面で考えるヒントをくれる上演であったと思うので、さらに全国の多くの都市で上演して欲しいものである。そして、こうなるとまた数年後には井上道義の企画で「コジ・ファン・トゥッテ」を見ることができるのであろうか。これは極めて繊細なアンサンブル・オペラであるので、いかなる言語、いかなる演出が適しているのか、勝手に考えを巡らせるのも楽しい。日本におけるオペラの楽しみ方として、これは大変にユニークなものであると実感する。

by yokohama7474 | 2019-01-27 22:20 | 音楽 (Live)

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コバケンこと小林研一郎が、桂冠名誉指揮者を務める日本フィルハーモニー交響楽団 (通称「日フィル」) を指揮するこのコンサート。私の興味は 2つである。まずひとつは、1942年生まれの 76歳のチェリストと、1940年生まれの 78歳の指揮者の共演。もうひとつは、いつもポピュラー名曲を中心に活動しているコバケンが、秘曲とは言わないまでも、あまりポピュラーではない曲を指揮すること。内容は以下の通りである。
 シューマン : チェロ協奏曲イ短調作品129 (チェロ : 堤剛)
 チャイコフスキー : 交響曲第 3番ニ長調作品29「ポーランド」

名実ともに日本を代表するチェリスト、堤剛 (つつみ つよし) のチェロを聴くのは、私としては久しぶり。演奏活動に加えて、近年まで桐朋音楽大学の学長を務め、また現在でも、サントリー音楽財団の理事長であり、今回のコンサートの会場であるサントリーホールの館長である。皇室の方がコンサートにおいでになる際には、必ずその横にこの人の姿がある。
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そんな多忙な堤が今回披露したのは、チェロ協奏曲の名曲のひとつとして知られる、シューマンのコンチェルト。全 3楽章が通して演奏される 25分ほどの曲であり、シューマンならではの抒情と孤独感に満ちている。今回の堤と小林の演奏は、遅めのテンポで曲の持ち味をじっくりと描き出した名演であったと思う。冒頭コバケンは、スコアを譜面台に置いているにもかかわらず、それを開くことなく、木管奏者たちに指示を出して、演奏を開始した。この人はいつも、指揮を始める前に精神統一をするのであるが、冒頭部分の呼吸が非常に大事なこの曲では、スコアをめくることすら控えるほど、音楽が開始すべき状態であると感じたのであろう。相撲の立ち合いのようなものかもしれない。そして堤のチェロは、ある意味で既に技術の巧拙を超えた、音楽の「味」をたっぷりと湛えたもの。一音一音を疎かにせず、シューマンの音楽の持つ、ある意味でのとりとめのなさもそのままに、確かな足取りで歌い上げた。日本がこのような素晴らしいチェリストを生み出したことを、我々は誇りに思うべきであろう。アンコールで演奏されたバッハの無伴奏チェロ組曲第 3番からの「ブーレ」も、この人ならではの味わいに満ちた演奏であった。なんでも堤は、最初に聴いたバッハのレコードが、パブロ・カザルス (言うまでもなくこのバッハの組曲を蘇演した 20世紀前半の大チェリスト) が弾くこの 3番であったがゆえに、この曲には特別な愛着があるのだという。

そして後半のチャイコフスキー 3番である。コバケンのチャイコフスキーと言えば、いわばオハコ。だが、この作曲家の番号付き 6曲と標題的な 1曲、合計 7曲のシンフォニーの中では、コバケンによる演奏頻度は、なんと言っても 4、5、6番が圧倒的に高い。それは当然で、チャイコフスキーのシンフォニーと言えば、世間一般でこの 3曲に人気が集中しているからだ。だが、実はこのコバケン、ロンドン・フィルとの全集の一環である 2013年の録音に加え、今回と同じ日フィル、一時期の手兵であるオランダのアーネム・フィル、そしてチェコ・フィルとも既にこの曲を録音している。 つまりは、3大交響曲と同様、彼にとっては自家薬籠中のレパートリーなのであろう。そう言えば以前彼は、同じチャイコフスキーのマンフレッド交響曲を暗譜で指揮していたが、今回の 3番「ポーランド」も暗譜である。これがロンドン・フィルとの録音のジャケット。
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今回の「ポーランド」であるが、大変素晴らしい演奏であったと思う。成功の要因として挙げられるのは、木管楽器の緊密さではなかったろうか。実は私は以前、このオケの演奏について、木管の緊密さに課題があるのではないかと書いたことがある。だが今回はその点において、見違えるようなレヴェルに達していたと思う。やはりこれは、コバケンとの相性ということなのであろうか。実際にこの曲は 5楽章の至るところで、木管がリレーしながら、あるいは共鳴しながら、音楽をリードして行くべき場面を持つ。聴いていて、そのような数々の難関をクリアして行くオケの妙技に、大いに感心したのである。もちろんそれのみならず、第 1楽章の序奏から主部に入るあたり、あるいは第 3楽章で纏綿と歌うあたりの弦楽器の深々とした音も見事。これは音楽ファンなら既によく知っていることであるが、チャイコフスキーの最初の 3曲の交響曲も、なかなかに侮りにくい聴きどころをそれぞれに持っているわけで、今回のような演奏で聴くことによって、そのことを改めて実感できるのは有難い。ただその一方で、それはやはり後期 3大交響曲に対して、全体の出来が及ばないことも事実。特にこの 3番は 50分近い演奏時間を要するので、なじみがないと思ってしまうと、曲の中に入って行けない人もいるかもしれない。そのせいだろうか、私が気づいただけで 2人、演奏中に席を立ってしまったし、見渡すと随分、船を漕いでいる聴衆がいたものだ。それは大変に残念なこと。終演後にコバケンが客席に向かって、「皆様方のオーラを感じながら演奏できて嬉しかった」と語っていたが、寝ている人からはオーラは出なかったろうから (笑)、起きている人たちがその分を補ったということだろう。名演奏であった。
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今年もコバケンは大忙しで、様々なコンサートを指揮する。特に 5月、日本とハンガリーの国交樹立 150年を記念して開かれるブダペスト交響楽団の演奏会では、「ハンガリーへの想い」なる自作の曲を日本初演する。その健在ぶりをまた堪能したい。

by yokohama7474 | 2019-01-26 22:34 | 音楽 (Live)

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先に新宿文化センターでマーラーの「千人の交響曲」の熱演を聴かせたイタリアの若手指揮者アンドレア・バッティストーニと、彼が首席指揮者を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) とが、サントリーホール、東京オペラシティ、オーチャードホールという 3ヶ所での定期公演に、同一曲目で臨む。内容は以下の通り。
 デュカス : 交響詩「魔法使いの弟子」
 ザンドナーイ : 「白雪姫」
 リムスキー=コルサコフ : 交響組曲「シェエラザード」作品35

上のチラシにある通り、これは「色鮮やかな物語」である。というのも、中間のザンドナーイの作品だけはなじみのないものだが、最初と最後の曲はよく知られたカラフルな管弦楽曲であるからだ。作曲者は順にフランス、イタリア、ロシアという具合で、これまでのバッティストーニと東フィルの路線にもぴったりと合うものであるゆえに、かなり期待できる内容である。とりわけ、年明けから「シェエラザード」を実演で聴くのは早くもこれが 3度目であり、その比較も楽しみだ。

最初の「魔法使いの弟子」は、要するにこれである。
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ディズニー映画「ファンタジア」(1940年) の中で、ミッキーマウスが演じていた魔法使いの弟子 (ちなみに 2000年制作の「ファンタジア 2000」でもこの部分だけはデジタルリマスターして再利用)。魔法を学ぶ弟子が師匠の留守中に、覚えたての魔法で箒に水を運ばせたところ、それを止める呪文を忘れてしまったために箒の一群を制御不能となって、あたりが水浸しとなってしまい、帰ってきた師匠にたしなめられるというお話。この「ファンタジア」では、この曲の描写的な部分とユーモアを、本当に見事にアニメ化しており、ディズニーの映像上の「魔法」にぴったりのイメージなのである。ところが興味深いことに、このハリウッドによって映像化されたファンタジー溢れるフランス音楽のもとになっているのは、ドイツの文豪ゲーテのバラードなのである。そう思うと、先入観で決めつけてはいけないヨーロッパ文明の奥深さを、改めて実感する。そしてこの曲、何気なく聴いていると楽しいのだが、実演で聴いてみると、なかなかに演奏が大変な曲であることが分かる。音楽における運動性とはこういうものかと思う瞬間が何度も訪れ、さすが、自らに厳しかった作曲家デュカスの代表作であると思われたことである。バッティストーニの渾身の指揮に、東フィルがよく応えていた。

2曲目の作曲者ザンドナーイの名は、音楽ファンの間でもさほど知られていないのではないだろうか。かく申す私も、「フランチェスカ・ダ・リミニ」というオペラ (チャイコフスキーの同名の管弦楽曲と同じく、ダンテの「神曲」に基づくもの) の名前を知っているだけで、作品を聴いたことはないと思う。・・・と書いてから思い出した。2017年 5月に、やはりこのバッティストーニと東フィルのコンビで、歌劇「ジュリエッタとロメオ」からの舞曲という曲を聴いたことがあり、このブログでも記事を書いた。それが私の唯一のザンドナーイ経験であるが、そのリッカルド・ザンドナーイ (1883 - 1944) はイタリアの作曲家で、マスカーニの弟子であるという。このような、なかなか精悍な顔つきの人であったようだ。ベラ・ルゴシではありません (笑)。
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彼はもちろんオペラを多く作曲したようだが、管弦楽曲も結構な数、作曲しているらしい。実は東フィルのウェブサイトには、今回の定期演奏会に関連して、ザンドナーイについて語るバッティストーニのインタビューがあって、大変面白い。それによると、バッティストーニの生まれたヴェローナは、このザンドナーイの生地であるロヴェレートという街に近く、実は彼の母は、そのロヴェレートにある「ザンドナーイ音楽学校」でピアノを教えているため、バッティストーニにとってこの作曲家の名前は幼少期からなじみであったという。彼の語るところでは、この作曲家に興味を持って作品カタログを調べてみると、オペラ以外にも、シンフォニーを含む管弦楽曲が多くあることが分かったが、録音はほとんどない。そこで出版社のリコルディ社に、ザンドナーイの管弦楽曲のスコアを全部送ってくれと依頼したところ、それから 1年ほどして、すっかりそのことを忘れてしまった頃にドサッと大量の楽譜が届いたという (「これが典型的なイタリア式」とバッティストーニは語る。笑)。そして、このように不遇な扱いを受けている彼の作品を紹介して行くことにした、とのこと。マーラーでも、ワルター、ミトロプーロス、バーンスタインがいなければ、これほど聴かれるようにはならなかったかも、と語るバッティストーニ。それは確かにそうだろう。というわけで、グリム童話 (これもドイツだ!!) の「白雪姫」を題材として、もともとバレエ音楽として書かれたこの曲、「あるお伽噺の印象」という副題がついている。5部からなる 20分ほどの曲で、白雪姫の主題に始まり、森の場面、小人たちの到着、姫の死を告げる鐘、そして王子によって姫が息を吹き返す場面が描かれている。ハープやピアノやチェレスタだけでなく、ウィンドマシンなども使われていて、1939年という作曲年代が分かるような、カラフルな曲である。ただ私は、一度聴いただけでこの曲に魅せられたとは言い難い。またザンドナイのほかの曲を聴くことで、この作曲家へのイメージを持ちたいと思う。因みに今回の演奏会、マイクがあちこちに立っていて、ライヴ収録していたようであるが、この「白雪姫」の第 2曲の最初の方で、指揮者の左手が一本のマイクに当たったらしく、倒れてしまった。音楽が激しく盛り上がる箇所ではなかったが、ザンドナーイ紹介にかけるバッティストーニの情熱が、身振りを大きくしてしまったものであろう。それにしても、ドイツの原作に基づくラテン系の作曲家の作品で、しかもディズニーでおなじみであるとは、「魔法使いの弟子」に続けて演奏するには恰好の作品であったわけだ。ディズニーの映画は 1939年の制作で、このザンドナーイの作品はそれより先に書かれているものの、初演 (バレエ上演) は 1951年 (作曲家の死後) になってから、ローマ歌劇場でなされたらしい。
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後半の「シェエラザード」は、期待通りのダイナミックな演奏であった。冒頭の重々しさから、いかにもこの指揮者とオケの組み合わせらしいと思わせるもので、いつものように時に飛び上がりながらオケをリードするバッティストーニの指揮ぶりが、そのまま音になったような印象である。かと思うと、例えば第 2楽章でソロ・ヴァイオリン (もちろん語り部シェエラザード姫を表す) に続いて現れるファゴット (カランダール王子を表す) の細かい表情づけや、第 3楽章終結部のフルートに一旦タメを作らせてから一気に駆け抜けるやり方など、細部に意外なこだわりもあって、面白い演奏であった。ヴァイオリン・ソロはコンサートマスターの三浦章宏が弾いたが、そのヴァイオリンは、華麗な妙技を聴かせるというよりも、オケの一員として、そのオケとの一体感を保ちながら、時にそこから浮き出て来る、といった印象だったように思う。但し、もちろん終結部の抒情には、大いに感じ入ることとなった。年明けから、読響、N 響、この東フィルがこの名曲を演奏したわけであるが、いずれも素晴らしい出来であり、東京の音楽界の賑わいを象徴するかのようであった。
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by yokohama7474 | 2019-01-26 18:10 | 音楽 (Live)

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前項に続き、現在渋谷のシアター・イメージフォーラムで開催中のジャン・ヴィゴ (1905 - 1934) 作品の特集上映から。ここでご紹介するのは 3本の映画であるが、劇場では 3本立てで上映している。私が見た回の上映順に、「ニースについて」(23分、1930年)、「競泳選手ジャン・タリス」(10分、1931年)、「新学期 操行ゼロ」(49分、1933年)。前項でご紹介した遺作の「アタラント号」の上映時間が 88分であるから、この天才と呼ばれる映画監督が生涯に残した作品は、すべて合わせても 3時間に満たないわけである。ここでヴィゴの生涯を簡単に振り返っておこう。生まれはパリであり、曾祖父は南仏で町長や議員を務めた人であるが、父はジャーナリスト兼反軍国主義活動家であり、1917年に獄死した (他殺説が有力である由)。当時ジャンは 12歳。この悲劇は少年の心に深い傷を残したであろう。実はジャンの父は少年時代にも逮捕歴があり、その刑務所体験を雑誌に発表してもいたらしく、それはジャン・ヴィゴの作品、とりわけこの記事で採り上げる「新学期 操行ゼロ」の内容に影響を与えているようだ。
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上の写真はどうやら、カメラマンであるボリス・カウフマン (この人はなんと、旧ソ連の、やはり伝説的な映画監督であるジガ・ヴェルトフの弟なのである!!) とともに、「ニース」を撮影中であろうジャン・ヴィゴ。彼は 1926年に、当時は致命的な病気であった肺結核と診断され、ピレネー山脈にある療養所で療養中に伴侶を得、娘も設けるが、1929年にニースの映画会社で撮影助手を務めたことがきっかけで映画界との関わりを持ったという。そして翌年撮ったのが、ドキュメンタリー映画「ニースについて」。ここでちょっと脇道にそれるが、日本語版 Wiki でジャン・ヴィゴを調べると、あたかもこの「ニース」がニュース映画であるかのような記載があるが、これはどう見てもニュース映画ではなくて、短いドキュメンタリーだろう。まさかとは思うが、「ニース」と「ニュース」の混同??? (笑) ともあれこの「ニース」であるが、冒頭からいきなり度肝を抜かれること必定だ。ちょうど前項で採り上げた「アタラント号」のラストシーンが飛行機からの空撮であったのと同様、この「ニース」の冒頭も、以下の写真の通り、空撮なのである。ということは、ジャン・ヴィゴの映画人生は、空撮に始まり空撮に終わったと考えてもよいわけである。
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いやそれにしても、この「ニースについて」では、遊び心が満載であり、富裕層の人たちの姿を多くとらえながら、そこには辛辣な皮肉と反骨精神が見て取れる。そして、ショットとショットのぶつかりあいのシュールな面白さは無類のもので、エイゼンシュテインを思わせるところもある。まさにルールのないところで好き放題やっている感じがする。このように狂ったようなカンカン踊りを見せるのは、労働者階級の女性たちで、道化の扮装をしている男の一人はヴィゴ自身であるという。澄ました富裕層の人たちにはない、この生命力。
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このように、既に「アタラント号」を見た目には、この処女作にも、ヴィゴのやりたかったことがはっきり見て取れると思うのだが、その点では、次の「競泳選手ジャン・タリス」はもう少しまともな (?) ドキュメンタリー風と言えるだろうか。ここで撮影の対象となっているジャン・タリスという水泳選手は、1928年と 32年のオリンピックに出場した実績があり、生涯に 7つの世界記録と 49のフランス記録を打ち立て、没後の 1984年には国際水泳殿堂入りした人。
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ここでは競泳選手たるジャン・タリスの泳ぎを、時にはカメラが水中に潜って (と見えるが、実際当時のカメラが水に耐えられるわけもなく、プールに窓を設置して、その窓の向こうから撮影したらしい)、ある種執拗なまでに追いかけるのであるが、うーん、そう思うと前言撤回である。決して「まともなドキュメンタリー」ではない (笑)。実際のところ、1931年時点でこんな破天荒な記録映画を作った人が、ほかにいるだろうか。カメラを逆転させてプールから飛び込み台に戻ってくるタリスの姿もあれば、コートに帽子姿で、二重撮影によって、タリスがキリストばりに水の上を歩いて行くシーンもある。ここでは明らかに人のからだの動き自体への興味があり、映画という媒体に依拠した冒険心がある。これは私の勝手な想像だが、この映画制作を企画したゴーモン社も、こんな作品は予期していなかたのではないか。人のからだを使ったドキュメンタリー映画と言えば、ナチスのバックアップのもとでレニ・リーフェンシュタールが監督した「民族の祭典」「美の祭典」が有名だが、それは 1938年の制作。このヴィゴの作品とリーフェンシュタールの作品を比べてみても詮無いことかと思いつつ、フランス人とドイツ人の感性の違いは、やはりそこにあるように思う。

そして、「アタラント号」に先立つジャン・ヴィゴの劇映画第一作「新学期 操行ゼロ」である。私は洋画の邦題にはいつも厳しい方であるが、この邦題は大変結構だと思う。私自身が「操行ゼロ」の少年時代を送ったこともあり (笑)、ワルガキどもの暴れぶりが活き活きと想像できるような題名であるからだ。上述の通りジャン・ヴィゴの父は刑務所における少年たちの悲惨な状況を文章として発表しており、その内容もこの映画に影響を与えているらしい。映画はまず、新学期に実家から寄宿舎に戻って行く少年たちの列車の中の様子に始まるが、これがまた、ある種のパントマイムのようで可笑しい。
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ここには寄宿舎の監督官や何人かの教師が出て来て、それぞれに少年たちから見た評価も様々だ。まぁしかし、このワルガキども!!
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ワルガキのいたずらの描写を一旦離れても、この映画には例によって様々な試みがなされていて、中編ということもあり、もしかすると「アタラント号」よりも万人受けする要素があるかもしれない。興味深いのは、「アタラント号」で主役の船長を演じるジャン・ダンテが、ここでは生徒たちに人気のある教師を演じていること。ナイーヴで嫉妬深く神経質な船長役とは、一味違った役柄である。中でも、シルクハットをかぶってガニ股で歩くチャップリンの真似が可笑しい。86年も前に撮られた映画を、現代の観客が見ても同様に笑えるとは、なんと素晴らしいことか。チャップリン、偉大なり。
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このような作品を見ていると、映画という表現手段の持つ命の長さに、改めて思い至る。ちょっとほかにはない経験なので、ジャン・ヴィゴのことを知らない人でも、この 3本立て、もしくは「アタラント号」を見に行かれることをお薦めしておきたい。

by yokohama7474 | 2019-01-26 01:24 | 映画

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先のアラン・ロブ=グリエ作品の連続上映で気を吐いた渋谷のシアター・イメージフォーラム (その後、嬉しいことにそのロブ=グリエ特集の上映を延長していたが、私は結局、6本中 3本は見られずじまい) が、またまたその侮れない存在を、映画ファンに主張する。題して、「ジャン・ヴィゴ特集」。一般的にはともかく、映画ファンの間では伝説的な名前である映画監督、ジャン・ヴィゴの全作品 (といっても、短編、ドキュメンタリーを入れてたったの 4本だけだが) 上映が、2/8 (金) まで開催中だ。これはイメージフォーラムらしいさすがの企画であり、今回は「4K リストア版」と銘打っているごとく、1930年代の制作であることを思うと、映像はなかなかにきれいなものになっている。ジャン・ヴィゴ (1905 - 1934) は、29歳で夭逝したフランスの映画監督。
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実は私は、彼の作品を見るのは今回が初めてだ。だが、この「アタラント号」(1934年) や、次の記事で採り上げる予定の「新学期 操行ゼロ」(1933年) については、随分以前に予告編を見たことがあって、それらの題名は鮮烈に覚えていた。今調べてみると、これらの映画の日本初公開は 1991年。うむうむ、そんなものだったと記憶する。そして、記憶は一部曖昧なのであるが、その劇場は確か、文京区千石の三百人劇場ではなかったか。私も当時は文京区の住民で、この三百人劇場までは自転車で簡単に行ける距離に住んでいたので、多くの名画をそこで見た思い出が沢山ある。特に、タルコフスキー作品のほとんどを初めて見たのはこの劇場であったという意味で、私にとっては忘れがたい場所なのである (2006年末に閉館)。だが当時私は、この「アタラント号」の予告を見て気になっていたにもかかわらず、見に行くことができなかった。よって今回は、実に 28年ぶりの念願を果たしたことになる。実はこの「アタラント号」、1980年代末までフィルムが散逸していたらしいが、復元されたものが日本で 1991年に初公開され、そして今回は 4Kの技術によってさらに鮮明に蘇ったということになる。映画も文化財であるゆえ、このような試みは本当に意義深いと思う。

ジャン・ヴィゴ作品は、その限られた作品数にも関わらず、フランソワ・トリュフォー、アキ・カウリスマキ、エミール・クストリッツァ、ユーリ・ノルシュテインなどの監督たちから最大限の賛美を捧げられてきていることは、ある種の驚異と言ってもよい。だが、そんな予備知識はあろうとなかろうと、この「アタラント号」を素直な目で見て、時折奇妙な感覚にとらわれ、そして時にはまた、その奇抜なショットに瞠目し、そうしてそこに描かれている人間たちの姿に、時代を問わぬリアリティを感じることは、誰しも可能であろうと思う。そもそもこれはどういう話かというと、運河を使って物資を運ぶ運搬船 (と思われるが、何を運搬しているかは不明) アタラント号の船長が、陸の上の教会で結婚式を挙げ、そのまま新婦を船に乗せて川を下って行く。その間夫婦の間には、感情のすれ違いがあったり、親切だがいい奴なのか悪い奴なのか分からないワイルドな船員との微妙な空気があったり、あるいは新妻に横恋慕する行商人が出てきたりと、大小様々なトラブルに見舞われる。だが最後には 2人の信頼関係が奇跡を起こす・・・と言った具合であるが、実際に映画を見てみると、ここに書いているようなロマンティックな物語という印象は、あまり受けないように思う。これが夫婦の肖像。演じるのは、男性がジャン・ダステ、女性がディタ・パルロ。ともに、ジャン・ルノワールの「大いなる幻影」(1937年) の出演者でもある。
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また、異彩を放つジュールおやじという役柄を演じる役者は、ミシェル・シモン。彼も何本かのルノワール作品に出ている人。もとコメディアンらしいが、ここではその才能を縦横無尽に発揮していると言ってもよいと思う。
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不思議なのは、船という閉鎖空間に猫が満ち溢れていること。こんな具合であるが、この蓄音機も劇中で重要な役目を果たす。
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上にも書いた通り、ここには様々な奇抜なショットが出て来て、今を去ること 85年も前のこの映画が、映像的刺激に満ちていることは、実に驚くばかり。極めつけは、この最後のショットであろう。なんと、飛行機から撮影しているのである。
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実はこの作品、ジャン・ヴィゴによる初の長編作品 (で、結局最後の作品でもあるわけだが)。そこには、映画がほぼトーキーに移り変わった頃に、アイデアと意欲に満ち溢れた若者が行った実験のあとを見ることができるだろう。それによって、誰でも理解できるメロドラマ (映画の誕生前からパターンがあったはず) が、音声を得た映画という表現手段の持ちうる、実に刺激的な場に変貌していることこそ、この作品の価値であろうと思うのである。調べてみると、この映画の制作年 1934年には、米国ではフレッド・アステアとジンジャー・ロジャーズが「コンチネンタル」という映画で初共演している。そう思うと時代のイメージが沸こうというものだ。もしジャン・ヴィゴがこの映画を撮り終えて間もなく敗血症でこの世を去ることがなければ、映画史は変わっていたかもしれない。ただ一方では、短い人生を駆け抜けた人だから、このような意欲的な作品を撮ることができたのだろうとも思われる。もしかすると、ストーリーだけで映画を見る人には、そのよさはあまり伝わらないかもしれないが、そのような場合でも、また時を経て改めて見れば、新たな発見がある。そんなタイプの映画であろうと思うのである。

by yokohama7474 | 2019-01-25 00:32 | 映画

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さて、このブログではもう何度も書いてきたことであるが、マーラーの超大作、交響曲第 8番変ホ長調は、世界のどんな大都市でも、せいぜい数年に一度演奏されればよいといったところ。欧米の音楽ファンには、この曲の実演を聴いたことがないという人も多いのではないだろうか。それは、「千人の交響曲」というニックネームで分かる通り、異常なほどの大編成を必要とするため、よほど寛大なスポンサーを持たない限り、そもそも経済的に成り立たないことが最大の原因であろう。だが、そんなマーラー 8番を、ほぼ毎年、あるいは 1年のうちでも数回、聴くことができるというのが東京だ。このブログでも、井上道義指揮、読売日本交響楽団の演奏を記事にしてから僅か 3ヶ月半で、またこの曲の演奏である。イタリアの俊英、アンドレア・バッティストーニと、彼が首席指揮者を務める東京フィルハーモニー交響楽団 (通称「東フィル」) のコンビによる演奏だ。会場は新宿文化センター。新宿区の施設で、バッティストーニと東フィルは過去に、このブログでもご紹介したヴェルディのレクイエムや、私は聴けなかったが、オルフのカルミナ・ブラーナなどをこのホールで演奏している。チラシを見ると「フレッシュ名曲コンサート」とあるが、調べてみるとこれは、東京文化会館 (= 東京都) が、都内の市町村と共催しているコンサートシリーズのことらしい。ということはつまり、東京都や新宿区がこのコンサートに資金援助しているということだろう。なるほど、そのような事情によって、この超大曲の演奏が可能になっているわけである。地方自治体の文化行政にも様々あるが、これは大変意義深いものであると思う。

バッティストーニは年末の東急ジルヴェスターコンサートで東フィルを指揮して、「アイーダ」の大行進曲で年越しを迎えた。私は録画を自宅で鑑賞したが、カウントダウンに向けた突進によって、少し早く終わりそうになってしまい、最後の和音をぐいーっと伸ばしていた。オケの人たちは苦しかっただろう (笑)。その後のインタビューで「わざとです」と言っていたが、まぁ何事も、完璧でない方が返って面白い。そんなライヴな感覚をいつも聴かせてくれるのが、この指揮者なのである。東フィルではロシア音楽とイタリア音楽を採り上げる機会が多く、マーラーの交響曲を指揮した機会は、過去に 1番「巨人」があったように思うが、それだけではないだろうか。この、マーラーとしても最も規模が大きく複雑な曲に挑むには、やはりそれなりの覚悟がいるだろう。
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今回の演奏のひとつの特徴は、合唱団が地元新宿のアマチュアメンバーから成っていること。合唱団は新宿文化センター合唱団となっているが、これは 1982年に第九を歌うために結成され、それ以来定期的に一般公募によってメンバーを募って、数々の演奏を行ってきた由。2年前にこのブログで採り上げたヴェルディのレクイエムでも同じ合唱団が歌っていた (指導は山神健志という指揮者)。それから児童合唱は 4団体合同で、そのうち 2つは新宿区の小学校の合唱団である。今回ステージを見ると、奥のひな壇にかなりの密度で合唱団が陣取っていたが、真ん中に児童合唱、それをコの字形に取り囲むようにして大人の合唱団が位置していた。ステージの大きさの制限によるものか、児童合唱は時々座っていたが、大人の合唱団は 80分の演奏中、なんと立ちっぱなしである。見たところご年配の方もおられるのでちょっと心配したが、音楽への情熱によって、どなたも最後まで立ったまま朗々と歌い切った。ざっと目で見て、300名ほどの規模かと思ったのであるが、プログラム冊子に掲載されている新宿文化センター合唱団のメンバーは、総勢 314名。内訳は、ソプラノ 117、アルト 104、テノール 41、バス 52。大変な人数であり、客席には合唱団員の家族・友人の方々も多くおられたことだろう。尚、大人の合唱団は譜面を見ながらの歌唱であったが、児童合唱は暗譜であった。

さてこの演奏、どのように表現しようか。曲の内容にふさわしい高い燃焼度が、クライマックスではすべての奏者の思いをひとつにしていたことに、私は大変感動した。その一方で、ホールの響きの特性によるものか、あるは 1階真ん中あたりという私の席の関係か、これだけの規模の合唱団の声が、今一つ強烈に迫ってくるという感じがしなかった点は、いかにも残念であった。オーケストラも、やはり残響の少ないこのホールでは若干のハンディを強いられたと思うし、時折技術的な課題も感じさせた。それから、最近のホールと違ってこの開館 40周年を迎えるホールでは、バンダ (別動隊) が陣取る場所が限られてしまい、今回の 2階席での演奏では、残念ながらホール全体を揺り動かすほどの音響にはならなかった。だが、どうだろう。そのような事情は様々あれども、「わが街新宿」で、この超大曲が鳴り響くこと、それ自体の意味を考えると、音楽の持つ社会的な使命や、またそれを楽しもうと思う人々の文化的欲求という点で、細かいことは一切気にならなくなる。少なくとも、この演奏に参加した人たちは全員、この日のことを一生忘れないと思うし、それが人々の生きる糧となることは、間違いないだろう。こんなに素晴らしい体験は、そうそうあるものではない。バッティストーニの指揮自体は、いつものように情熱的なもので、独特の霊感でオケを強くリードしていた。この曲は、その構えの大きさの割には繊細な部分も多くあり、彼の指揮はそのような細部においても、常に生気に満ちたものであった。そして美しい箇所は、本当に美しく演奏されていた。また何年かすれば、さらに深い呼吸の演奏になって行くだろうと思うけれども、バッティストーニと東フィルのコンビは、既にお互いをよく分かっていることは、聴いていて明らかだ。マーラー自身によるミュンヘンでの初演以来 109年を経て、この極東の地でこんな演奏が展開されているとは、作曲者が知ったら驚くだろう。これが初演の際の様子。
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歌手について少し書いておきたい。舞台上に並ぶ 7名のソリスト (ソプラノ 2、メゾソプラノ 2、テノール、バリトン、バス各 1) は、合唱団の前ではなく、ステージ前方、指揮者のすぐ前に陣取った。いずれも二期会の歌手たちで、テノールの福井敬とバスのジョン・ハオは、つい一週間前にロレンツォ・ヴィオッティ指揮の東京交響楽団によりヴェルディのレクイエムで聴いたばかり。今回も福井は出色の出来で、第 2部のクライマックスに導く歌唱は見事であった。バリトンの青山貴も安定した出来。また女声陣も、ソプラノの木下美穂子やメゾの中島郁子、小林由佳、また栄光の聖母 (ステージに向かって左手の壁の 2階部分のスタッフルーム? のガラスが外されていて、そこから登場) を歌った安井陽子もよかったが、若手の今井実希が、実績ある歌手たちの中でも臆せず伸び伸び歌っていたのが、清々しいと思った。

新宿文化センターでは近年、クラシックのコンサートはあまり開かれて来なかったと記憶しているが、最近では演奏機会が増えているのは、新宿区の方針であるのだろうか。そうであればこのホールも、少し改修した方がよくはないだろうか。開館から 40年を経て、カーペットや階段の滑り止めに痛みが見えるし、いつも売店が閉まっていて淋しい。バリアフリーという概念のない時代の建物だから、トイレに行くのに階段を下りる必要がある点もいささか不便である。そしてなにより、音響。様々なホールで、床の高さを変えたり、反響板を設置したりという努力と工夫によって、音質改善がなされている。なかなかお金のかかることではあるが、このホールがよりよい音楽の場となるためには、できればそのようなことがあった方がよいと思うのだが、いかがであろうか。

by yokohama7474 | 2019-01-20 01:18 | 音楽 (Live)

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世界で大人気の「ハリー・ポッター」シリーズ 8作に続いて始まった「ファンタスティック・ビースト」シリーズの第 2作である。前作「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」は、2017年 1月 4日の記事で採り上げた。この 2作、「ハリー・ポッター」シリーズの原作者である J・K・ローリングが、原作はもちろん、脚本まで手掛けているので、「ハリー・ポッター」シリーズから続く正式なシリーズと位置付けることができる。ここでは魔法使いたちと人間たちの人知れぬ確執が描かれていて、実はその内容は、全く子供向きではない。このことは意外と認識されていないのではないだろうか。いや、私の思うところ、「ハリー・ポッター」シリーズも決して隅から隅まで子供向きということではなく、何やら禍々しいものたちとの対決は、子供にはなかなか分からないものだと思う。前作と同じ 11月23日に封切になったこの映画、明らかに正月の家族向けであったと思うのだが、これを家族で見た人たちは一体どう思ったのか、大変に興味がある (笑)。今確認したところ、封切から 2ヶ月近く経った今でも、かなりの数の劇場で未だ上映中である。

さて、前作についての自分の記事内容を、例によってすっかり忘れていたので、今回読み返したところ、おっ、なかなかいいことを書いている。つまり、前回少しだけ出演していたが、映画の宣伝には名前が出ていなかったある役者が、「次回作から堂々と登場してくるのではなかろうか」と書いたところ、まさにその通りとなっている。その役者とはこの人だ。
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もちろん、現代最高の俳優のひとりでありながら、どうやらコスプレ系の作品がお好みであるらしい (笑)、ジョニー・デップ。彼が演じる魔術師ゲラート・グリンデンヴァルドが今回の主役であり、原題は彼の名を引いて、「グリンデンヴァルドの罪の数々」というものである。例によって邦題は「黒い魔術使いの誕生」という、説明的なものになってしまっているが、まぁ確かに、原題の直訳では意味が分かりにくいのも確か。このあたりは日本の観客の指向や、また日本語の特性もあって、説明的な邦題でもやむなしということか。ここでの彼は、人間界におけるレクター博士さながらに、異常なほど厳重な警備が必要な、強い魔術の持ち主。しかも題名の通り、その魔術の用途が世の役に立つものではなく、邪悪なものなのである。

主役のニュートを演じるエディ・レッドメインをはじめ、前作から引き続いての登場となる役者たちが多い。だが私としては、その中には「絶対この人を紹介したい」という人は、正直なところ、あまりいない。唯一この人を除いては。
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このジュード・ローが演じるのは、あのホグワーツ魔法学校の校長であるダンブルドアの (比較的) 若い頃。劇中ではこのダンブルドアとグリンデンヴァルドは古くからの友人という設定で、いわば白魔術と黒魔術を、それぞれに体現するような存在である。実生活で見ると、ジョニー・デップが 1963年生まれ、ジュード・ローが 1972年生まれと、この 2人の年齢は少し開いている。この映画において、この 2人が直接絡むシーンは、幻想シーンを除いてはなかったような気がするのだが、見る者にとってはやはり、このような一流俳優が出演しているだけで嬉しくなってくるのである。あ、それからもうひとりをご紹介したい。
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これは実に齢 600歳を数える魔法使いで、ダンブルドアの友人であるニコラス・フラメル。フランス語読みのニコラ・フラメルと言えば、いわゆる賢者の石の製造に成功したと言われる錬金術師であるが、その年齢設定に鑑みても、これはその錬金術師ニコラ・フラメルその人が、20世紀まで生き永らえた姿であるということだろう。私が強調したいのは、これを演じているのはブロンティス・ホドロフスキーであること。このブログでは近作「エンドレス・ポエトリー」でその健在ぶりをご紹介したカルト映画監督、アレハンドロ・ホドロフスキーの息子である。私にとっては、1970年、彼が 8歳のときの父の代表作「エル・トポ」における少年役として記憶しているので、この役とは随分にタイムラグがある (笑)。この裸の後ろ姿。時の流れを感じる。
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上述の通りこの映画、とても子供向きではなく、かなり深刻な内容になっている。つまり、強大なパワーを持った黒い魔法使いグリンデンヴァルドが、人間界を亡きものにしようとしているというストーリー。そのテーマの重さゆえであろうか。ここに登場する不思議な動物たちの様子に癒されることとなる。以下、ニフラーとボウトラックル。
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今回登場する魔法動物たちの中には、東洋のものもいる。これは中国の怪獣、ズーウー。そして、日本の河童も、「カッパ」として出て来る。このあたりは、作り手側が今後の設定を見据えて、東洋のイメージを作り出しているのだろうか。
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上にも書いた通り、ここでの物語はファンタジーではなく、現実世界でのもの。この映画の設定である 1927年から数年してドイツに実際に登場する、グリンデンヴァルド並の強烈なアジテーター=独裁者のイメージも出て来る。これは何を意味しているのだろうか。原作者 J・K・ローリングが描こうとしているのは、もしかすると、異なるものたちの調和を重んじる精神が薄れ、集団ごとの利益を考える傾向に向かっている現代社会の暗喩であるのかもしれない。魔法使いたちがどんな能力を持っているのか、正直なところ私にはあまり分からないのであるが (笑)、小さくて多様な命とつながりを持つ主人公ニュートは、もしかすると、現代が必要としている救世主なのかもしれない。
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因みにこの作品の監督デヴィッド・イェーツは、「ハリー・ポッター」シリーズの後半 4作と、この「ファンタスティック・ビースト」シリーズ 2作を続けて監督している。人気シリーズの場合には、監督がコロコロ替わることも多いので、このようにひとりの監督が連続で続けることは、歓迎すべきことであると思う。演出上何か奇抜な点があるわけではないが、手堅くまとめている。この作品の終結部は、次の作品に向けて開かれたもの。全部で 5作となるこのシリーズ、残り 3作も私は見ることになるだろう。

by yokohama7474 | 2019-01-19 23:12 | 映画

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読売日本交響楽団 (通称「読響」) の定期公演のポスターは、いつもなかなかにしゃれているのであるが、今回のものは少なからず驚くようなものである。なんと真ん中に写っているのは、女性の裸体ではないか!! 全体がモノトーン、かつ左側がストライプになっていることで、あまり生々しいものではないが、それでもやはり、クラシックコンサートのチラシにヌードとは、かなり思い切ったことをやるものである。だがそれには理由があって、この演奏会には何やら官能的な、と言って悪ければ、人を法悦境に誘うようなタイプの音楽ばかりであったからだ。まぁ、上にある「これは私たちだけが許された恍惚の世界」というコピーには、正直私は共感できないが (読響のチラシはいつもそうで、デザインのスタイリッシュさに比べて、コピーの説得力はもうひとつだと私は思っている)、法悦とか恍惚というものをテーマにしていることは、伝わるかもしれない。もし今回の曲目のイメージを表現しろと言われれば、私ならこの彫像を挙げる。
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もちろんこれは、バロックの天才彫刻家、ジャン・ロレンツィ・ベルニーニの大傑作、「聖テレジアの法悦」。ローマで美術探訪をする人たちは皆、なかなかほかの土地では見ることのできないこの彫刻家の驚くべき作品の数々に、まさに法悦境に連れ去られるわけだが (笑)、例えばこの作品、れっきとした宗教作品でありながら、英語で言うと Sensual な表現になっていて、実際のところ、不謹慎すれすれであると思う。今回の山田と読響の演奏会の場合には、不謹慎というわけでは決してないのだが、極めて冒険的であるとは言えるだろう。こんな内容であった。
 諸井三郎 : 交響的断章
 藤倉大 : ピアノ協奏曲第 3番「インパルス」(ピアノ : 小菅優、日本初演)
 ワーグナー : 舞台神聖祝典劇「パルシファル」第 1幕への前奏曲
 スクリャービン : 交響曲第 4番「法悦の詩」作品54

今回山田はプログラム冊子にコメントを寄せているが、そこにはこのオケの首席客演指揮者としての思いが述べられていて、そして「1月の三つのプログラムは、読響との新しい一歩を踏み出すべく、それぞれに大きな特徴を持つように選曲させて頂きました」とある。その三つのプログラムのうちのひとつはこのブログでもご紹介し、その記事の中で、私が聴けなかった、残るひとつのプログラムもご紹介した。確かにそれぞれに個性豊かな選曲であるが、それにしても今回は思い切っている。心配された (いや、私が勝手に心配していた) 聴衆の入りも、8割弱であろうか、まずますであり、これは指揮者もオケも張り切る材料になっただろう。

最初の作品の作曲者、諸井三郎 (1903 - 1977) は、日本の現代音楽のパイオニアのひとりである。ドイツに学んでいて、同世代でフランスに学んだ池内 (いけのうち) 友次郎とは対照的なキャリアでありながら、この 2人は同様に、多くの門人たちを育てたことでも知られている。この諸井の場合、息子の諸井誠がやはり作曲家であり、一時期は音楽評論家として盛んに活動していたこともあってなじみがあり、私などは、諸井三郎という作曲家のことを「諸井誠の父」として最初は認識していたものである。近年盛んに演奏されているとはとても言い難い諸井三郎の作品を、定期演奏会の最初に持って来る山田の勇気には、拍手を送りたい。この「交響的断章」、私は確か以前に録音で聴いた記憶があったので、手元の CD を調べると、やはりあった。
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これは 1978年に行われた諸井の追悼コンサートのライヴ録音で、指揮をしているのは、日本音楽史上において山田和樹に先立つもうひとりの、というより、本家本元の「ヤマカズ」、山田一雄である。本作のほかに、遺作となったピアノ協奏曲第 2番 (ソロは園田高弘) と交響曲第 3番が収録されている。この 15分足らずの「交響的断章」、久しぶりにこの CD で聴き返してみて連想したのは、セザール・フランクの音楽である。ベルギー生まれのこの作曲家は、いわゆるきらきらしいフランス風よりも、中音部が充実したドイツ風に近い作風で知られているし、同じ主題が何度も還ってくる、いわゆる循環主題の手法が特徴的。その意味でこの「交響的断章」、フランク的 (またそこにはある種の宗教性もある) と言えるように思うが、今回の実演ではむしろ、細部まで目の行き届いた音響設計が印象的で、特にフランク的とは思わなかった。 諸井は音楽の専門教育を受けておらず、東京大学文学部の卒業 (学科は、ざっと調べても情報がないが)。同世代で東大に在籍した河上徹太郎、三好達治、今日出海、小林秀雄や、小林を介して中原中也といった錚々たるメンバーと親交を持っていたという。学生時代に仲間たちとともに音楽グループ「スルヤの会」(スルヤとはインドの太陽神らしい) を結成し、この「交響的断章」も、1928年 (作曲者 25歳のとき) のスルヤ第 3回演奏会で初演されたと考えられているという。実は、プログラム冊子にはそれほど多くの情報はないが、上記 CD に例によって (?) 情熱的な解説を寄せている片山杜秀によると、この 1928年のスルヤ演奏会は、実は昭和天皇の即位の大礼の前日であったらしい。もしかすると山田は、そのような背景もあって、新天皇即位の今年、この曲を演奏する意味を感じて、採り上げたものかもしれない。実に意欲的である。

そして 2曲目は、同じ日本人作曲家の作品とは言っても、上記の諸井の作品から 90年を経た昨年、世界初演され、今回が日本初演となった、藤倉大のピアノ協奏曲 3番「インパルス」である。藤倉については過去にもこのブログで何度か言及してきているが、1977年生まれだから山田より 2歳上の同世代。世界で活躍し、今や日本を代表する作曲家である。これは 2016年に藤倉の合唱曲を初演した山田和樹との写真。
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この新作ピアノ協奏曲は、読響とモンテカルロ・フィル、スイス・ロマンド管との共同委嘱であるという。言うまでもなくこれらの 3つのオケはすべて、山田がポストを持っているところばかりであり、要するに山田和樹委嘱と言ってもよいものであろう。昨年 10月、モンテカルロで初演され、今回の読響との演奏を経て、来年にはスイス・ロマンド管で演奏されるという。ピアノは、これもまた日本を代表するピアニストのひとり、小菅優。古典から現代ものまでなんでもできる人で、私は先日川崎でのモーツァルトのコンチェルトの弾き振りを聴き逃したので、今回の演奏会を楽しみにしていたのである。
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25分ほどのこの曲、「インパルス」という副題がついている。この言葉はもちろん「衝動」という意味だが、藤倉が意図したインパルスとは、「体内の細胞レベルで繰り返される電気信号」であり、「音楽は常にインパルシヴ (衝動的) に動き始める」とのこと。実際に聴いてみると、確かにピアノから発される音がオケに伝わって反応が起こり、それがかたちを変えて続いて行くような音楽である。耳にはかなり心地よく、ミニマル風に響くところもあって、多くの人々に受け入れられやすいだろう。小菅のピアノは期待通りタッチの澄んだもので、強い集中力で、オケとのインパルスのやりとりを十全に表現したと思う。途中にかなり長いカデンツァもあり、演奏は難しいと思うのであるが、全曲を通して独特の美学で貫かれているので、曲に共感すれば、技術面を超えたメッセージが沸きあがってくるものであろう。演奏後は作曲者もステージに上がり、嬉しそうに見えた。アンコールとして小菅が聴衆に告げたのは、「藤倉大さんが昨年作曲された、『ウェイヴス』という作品です」とのこと。これも澄んだ音楽で、なかなかの佳曲であると思った。YouTubeには小菅の弾くこの曲の映像があるが、そこにはなんと、ポール・クロスリーという人のコメントがあって、「ダイのピアノ曲全曲の録音が必要だ (原文は過去形だが、タイポ?)。実に素晴らしい!!」とある。クロスリーはフランス近代ものなどで知られる名ピアニストで、もしこれが本人のコメントなら、是非録音をお願いしたいものだ。

このような日本の作品 2曲が演奏された前半に対し、後半では、ワーグナーとスクリャービンという、いずれも、魔術的な作曲家の作品が演奏された。最初の「パルシファル」前奏曲は、曲の神秘性を着実な歩みで音にしていて、見事であった。この作品の冒頭の弦楽器は、中音域が充実していて、チェロが入っているのは分かるのだが、それと合わせているのはヴィオラかと思いきや、実は、第 1ヴァイオリンと第 2ヴァイオリンの奏者のうちの半数なのである!! 実に繊細な音響設計であることを、改めて認識した。静謐な宗教性と、忘我の陶酔の世界を併せ持つこの作品は、今回の演奏会にふわさしい。

最後の「法悦の詩」は、スクリャービンの交響曲の中では最も知名度の高い作品だが、巨大管弦楽にオルガンまでが加わり、実に目くるめく音響がうねり続ける 20分ほどの曲。山田と読響の演奏は、音楽の進み方の見通しもよく、最後の大音響 (そのまま終わらずに一度切れるあたりが変化球だが) も圧倒的であった。ただ欲を言うならば、さらにさらに深い陰影があればよかったという気もする。読響はもちろん大変レヴェルの高いオケであるが、さらに凄みのある音も、きっと出せるように思うのである。

このように振り返ってみると、陶酔と覚醒が繰り返しせめぎあう、なんと大胆な選曲だったのだろうと改めて思う。日本の音楽界は、このような意欲的な取り組みによって、さらに多様性が増して行くことは間違いないだろうし、その道を切り拓いていく中のひとりが、山田和樹という指揮者であることもまた、間違いないと思うのである。
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by yokohama7474 | 2019-01-19 14:39 | 音楽 (Live)

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このブログでは過去の演奏を何度も激賞してきた北オセチア出身の名指揮者、トゥガン・ソヒエフが、NHK 交響楽団 (通称「N 響」) の指揮台に還ってきた。この指揮者がこのところ毎年 N 響を指揮するのを鑑賞できることは、東京の聴衆の持つ特権であるとすら言ってもよいと思う。ソヒエフは 1977年生まれの 41歳。長らくフランスのトゥールーズ・キャピトル管の音楽監督を務めているほか、現在はモスクワのボリショイ劇場の音楽監督でもある。
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私は昨年 (2018年) 彼がトゥールーズ・キャピタル管と来日した際、3月15日の演奏会について記事を書き (記事の日付は 2018年 3月16日)、そこには、終演後のパーティーで私が厚かましくもソヒエフに単独突撃インタビューを行ったことを書いたので、ご興味おありの場合は是非ご覧頂きたいのだが、ひとつだけそこから引用しておきたい。N 響についての印象を尋ねてみたのである。

QUOTE
私「NHK 交響楽団はどうですか」
ソヒエフ「(真剣な顔つきになって) NHK の素晴らしいところは、過去の楽団の歴史をそこに残しているところです」
私「それは、例えばドイツ音楽の伝統があって、そこにフランスの味が加わり、そしてさらにグローバルになっているということですか?」
ソヒエフ「(うなずいて) その通りなんです。実はそのような、楽団の歴史が音に残っているような例は、ヨーロッパでは減っています。N 響はその点、技術が高いだけではなく、自らの伝統に敏感である点、素晴らしいと思うのです」
UNQUOTE

うーん、なんと示唆に富んだ言葉であろうか。まさに今世界の最前線で活躍しているマエストロが言うのだから、重みのある言葉であり、我々東京の聴衆こそ、その言葉に耳を傾けるべきだと思うのである。そんなソヒエフが今回指揮したのは、以下のような曲目であった。
 フォーレ : 組曲「ペレアスとメリザンド」組曲
 ブリテン : シンプル・シンフォニー作品 4
 リムスキー=コルサコフ : 交響組曲「シェエラザード」

もともとソヒエフのこれまでのレパートリーの中心は、なんと言ってもフランス音楽とロシア音楽。その点今回も、最初がフランス音楽で最後がロシア音楽。だが真ん中のブリテンは英国音楽で、ここに少しひねりがあるとも言えようが、順番に感想を書いて行こう。まず最初のフォーレの「ペレアスとメリザンド」。これは有名な「シチリア舞曲」を含む、なんとも美しい音楽 4曲から成っているのであるが、今回指揮棒を持たずに指揮をした (これは 3曲ともそうであった) ソヒエフの、まさに魔術的手腕が聴き物であった。彼の指揮を見ながら、響いて来る音に耳を澄ませると、音楽においては呼吸がいかに大切かという当たり前のことを、改めて実感することになる。その身振りに応じて実にしなやかに音がうねり、また伸びて行く。これはまた、指揮者とオケの意思疎通が相当にうまく言っていないと、不可能なことではないだろうか。N 響の奏でる音の密度も濃く、表情が千変万化するので、ほんの 20分くらいの曲が、その倍くらいあるように錯覚するほど、聴きごたえのある演奏であった。

表情の千変万化と言えば、次のベンジャミン・ブリテンのシンプル・シンフォニーもそうである。これは、4という若い作品番号が示す通り、1934年、音楽大学卒業の前に書かれた弦楽合奏用の曲で、実はその素材は、9歳から 12歳までの頃に書かれたピアノ曲や歌曲などであるらしい。これが少年時代のブリテン。利発さに加え、ちょっと斜に構えた様子を見て取りたくなりませんか (笑)。
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このシンプル・シンフォニーという曲、いわばクラシック音楽の入門曲のひとつのようでありながら、実際には、実演で耳にすることはあまり多くないと思う。私も今回、録音/実演を通じて、かなり久しぶりに耳にした。この曲は、シンプルと名付けられている通り、実際にシンプルに響くとも言えるのだが、例えばプロコフィエフの「古典交響曲」に比べると、全体を通して一貫したトーンというものがあまりなく、実はそれほど「単純」な曲ではない。ブリテン後年の作品の数々を知っていると、一見古典的でありそうで、実は複雑な要素を持っているこの曲には、既にしてこの作曲家の持ち味が充分に表れていることが理解できる。それがゆえに、この曲をもったいぶって指揮する指揮者はあまりいないだろうし (笑)、飽くまでシンプルに響かせながら、様々に変わる表情をうまく聴かせる必要がある。そのように思うと今回のソヒエフと N 響の演奏は、実にあっけに取られるほど、素晴らしいものだったのではないだろうか。ここでは弦楽器だけであることもあってか、ソヒエフの身振りがストレートに音になっているのが随所に感じられ、やはり音楽の「呼吸」に感動を覚える演奏であった。プログラム最初のフランス音楽と、最後のロシア音楽、しかもいずれも 19世紀に書かれた音楽の間に、20世紀英国の作品が入ることで、演奏会の陰影が深くなったと思う。同じ英国音楽でも、もしこれが同じブリテンの「青少年のための管弦楽入門」なら、ちょっと華やかすぎて後半の「シェラザード」がかすんだかもしれないし、かといってエルガーの「エニグマ変奏曲」でも、やはりちょっと重すぎる。絶妙の選択であったと思う。

そして最後の「シェエラザード」。先日の山田和樹と読響の同曲の演奏 (それは素晴らしいものであったわけだが) を思い出すと、音楽の表情だけ取れば、今回の方が相当に濃厚だ。だが、ソヒエフの持ち味は、濃厚だからと言って鈍重になるわけではない点である。あえて言ってしまえば、そんなソヒエフの演奏は、ロシア圏出身の指揮者でありながら、いわゆるロシア的な演奏ということにはならず、音楽の持ち味を素直に引き出していると表現すべきもの。それにしてもやはり、彼の両手には魔法が籠っているようで、冒頭のアラブの王の重々しいテーマには、何か風がぐわーっと吹いてくるような感じがあったし (つまり、ここでもキーは「呼吸」である)、その後始まる航海の情景は、まさに海がうねっているような、ダイナミズムときらきらしい美感が両立するような、素晴らしいものであった。つまり、ここでソヒエフが N 響から引き出した音には、最初から最後まで、かなり理性的な統御があるのであり、大音量で暴力的に聴衆を圧倒しようという意図は、全く見受けられなかった。それゆえ、第 2楽章の揺蕩いには落ち着きがあったし、第 3楽章の抒情は、隅々まで神経の行き届いた見事な彫琢がなされていて、そして終楽章の祭や船の難破のシーンにしても、熱狂に我を忘れるということにはならず、ましてや、いわゆるロシア風の野性的咆哮ということでもない、音楽としての美しさが常に感じられた。そのような音楽作りには、おなじみのコンサートマスター、篠崎史紀のヴァイオリンがぴったりで、濃厚な表情と美感の両立が、そこには聴かれたと思うのである。期待通り、聴きごたえ充分の演奏であった。

ところで、よく知られている通り、「シェエラザード」の作曲者、ニコライ・リムスキー=コルサコフは、もともと軍人の家に生まれ、若い頃は海軍の士官候補生であった。これがその頃の写真。髭を蓄えてはいるものの、1866年の撮影だから、弱冠 22歳。代表作「シェエラザード」作曲の 22年前である。
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彼の海軍での経験が、この「シェエラザード」の海の描写に表れているという解説をよく聞くが、しかし、同じ海軍にいても、こんな音楽を書いた人は彼ひとりであろうし、また一方で、ただ海軍の経験があればこんな曲を書けたわけではあるまい。さらに言うとこの作曲家は、別に海の音楽ばかりを書いたわけではないのである (笑)。ここで私が思い出すのは、この R=コルサコフの生きた時代に描かれたロシア絵画の数々。そう、これも先般記事を書いたが、現在 Bunkamura ザ・ミュージアムで開催されている「ロマンティック・ロシア」展に展示されているような絵画の感性である。ロシアでは、これらの絵画や R=コルサコフの作品を特徴づける写実やドラマ性を伴う芸術活動の後、芸術は過激に前衛化するし、社会主義革命が起こるわけである。そのようなコンテクストで、この「シェエラザード」を改めて聴いてみると、爛熟した時代性が感じられるのである。そして、これもよく知られたことながら、「春の祭典」で音楽史に衝撃を与えたストラヴィンスキーは、この R=コルサコフの弟子なのである!! そうそう、「ロマンティック・ロシア」展の記事に触れたけれども写真をお見せできなかった (同展覧会には出展されていない)、アイヴァゾフスキーという画家の「第九の怒涛」という作品をご紹介したい。描かれたのは 1848年。R=コルサコフ 4歳の頃であるが、どうだろう、「シェエラザード」に通じる要素がありはしないだろうか。
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さて、ソヒエフは来週、もうひとつのプログラムで N 響定期公演を指揮し、次にはまた、今年 10月に N 響の指揮台に還ってくる。是非共演を重ねて、取り上げるレパートリーも広げて行って欲しいものである。

by yokohama7474 | 2019-01-18 00:47 | 音楽 (Live)