この音楽祭、以前にもご紹介した通り大変な規模なのであるが、動員されているスタッフ (若い人たちばかりだ) の数も大変なもの。3日間つつがなく終えるだけでも相当な苦労が伴うものであろうと思う。ただ、会場に当日券を求めて長蛇の列ができるということにはなっていないようだ。以下は、昨日と今日の表示である。
さて、今日のエマールの演奏は、これまでの 2日間の会場であったホール D7 (221名収容) とは異なり、その数倍の規模を持つホール C (1494名収容) である。あえて言えば、この LFJ の会場となっている東京国際フォーラムの 6つの会場のうち、このホール C は、まともにコンサートを開くことのできる唯一の会場ということになろう。まともという意味は、それなりに音響が音楽鑑賞に適しているという意味で、これまでの彼の演奏で使われていたホール D7 は、大きすぎることはないものの、音楽演奏用というよりは、完全にレクチャー用のスペースであった。その点今日の演奏は、それなりにステージに近い席で聴けた私としては、これまでの 2回とは比較にならないほど鮮烈に、ピアノの響きを堪能することができたのである。
モリヒバリ (第 3巻から)
モリフクロウ (第 3巻から)
ヨーロッパヨシキリ (第 4巻から)
ここでエマールいわく、最初の 2種類は夜行性なので暗い中で鳴く鳥、そしてちょうど最後の曲の途中で正午になって午前から午後に移る頃合いに最高音域のトリルが奏されると説明して、そのトリルを (最高音域だから当然右手で奏されるべきところを、右手にはマイクを持っていたので) 左手で弾いたのである。そういえば昨日の解説でも、左手のパートと右手のパートをまずは別々に弾いて、それが合わさるとこうなりますという実例を聴かせてくれたし、メシアンがこの曲を作曲するにあたって腐心した要素として、音の色彩感を挙げていた。その色彩感も、これだけ自在な演奏でなければ感じることはできないわけで、やはりその卓越した技術と探究心、そしてショーマンシップが組み合わさることでエマールならではの世界が出現していたと思う。
このメシアンの大曲の中で最長、30分の演奏時間を要する曲の題名は、ヨーロッパヨシキリ。こんな鳥で、さほど珍しそうにも見えないが、日本には生息していない種類の鳥のようである。曲は千変万化の多彩なもので、聴いているうちに神秘的な感情に満たされるのである。
以前、群馬交響楽団がメシアンの代表作、トゥーランガリラ交響曲を演奏したときの記事に掲載した、私自身が 1986年の来日時にメシアンから直接もらったサインの写真を再度掲載して、この記事をしめくくろう。音楽経験にもいろいろあるが、ゼロから音楽を創作した作曲家への敬意を感じる瞬間は、大変貴重であると思う。
カオグロヒタキ (第 2巻から)
キガラシコウライウグイス (第 1巻から)
ノスリ (第 7巻から)
イソヒヨドリ (第 1巻から)
ダイシャクシギ (第 7巻から)
うーん、相変わらず知らない鳥の名前が多い (笑)。唯一ユスリタカリ、いや違った、ノスリだけはなんとなく分かるぞ。猛禽類の一種。こんな鳥だ。
まあそれはそれとして、今回もエマールの演奏は鮮烈極まりない。昨日の記事で書き損ねたが、彼が曲の解説の中で言っていたのは、この長大な曲には様々な鳥の鳴き声の模倣は出てくるものの、それだけではなく、鳥の暮らす環境、つまり、峨々たる岩山もあれば、海もある。メシアンはそれをみごとに音で描いているということらしい。今回の演奏でもそれは何度か強調された (ちなみに、投影された鳥の映像には、いくつか昨日と同じものもあった)。面白かったのは、昨日の演奏会ではこの曲集の冒頭の曲が演奏され、今日の演奏会では最後の曲が演奏され、そして明日の演奏会ではちょうど真ん中の、全曲でも最も長大な曲が演奏されるということ。これはエマールの解釈と密接に関連する選択であろうと思う。
因みにこのメシアンの「鳥のカタログ」、書き始められたのは 1956年で、完成は 1958年。エマールによると、当時メシアンはいかに新しい音楽を創造するかで大いに努力を続けていたため、この曲集には随所に作曲者の工夫が見られるという。初演者はメシアンの妻であるイヴォンヌ・ロリオ。我々のよく知る彼女の肖像はこのような眼鏡のおばあさんだ。
さて、明日演奏される第 3回は、演奏時間が 60分。全 13曲のうち既に10曲演奏済なので、残り 3曲だが、そのうちの 1曲、第 4巻の ヨーロッパヨシキリだけで演奏時間 30分を要する。いよいよクライマックス。腹が鳴らないように気をつけながら、心して聴きたいと思う。
今や名実ともに日本を代表するヴァイオリニストとなった庄司紗矢香であるが、このラ・フォル・ジュルネでは随分以前からの常連演奏家であり、本家本元のナントでの音楽祭にも頻繁に出場している。なんでも今年 2月のラ・フォル・ジュルネ・ナント (テーマは東京でのものと同じ「自然」) で最も話題となったのが、この彼女とポーランド室内管との演奏会であったらしい。
曲の構成は、ヴィヴァルディの原曲そのままで、春夏秋冬それぞれ 3楽章ずつ、つまり全部で 12楽章ということになる。使われている素材はそれぞれの楽章の原曲のもので、それは耳ですぐに分かる (また、各季節ごとに照明が変わって、季節感を演出する)。ところがこれはミニマル・ミュージックであるからして、その定義にある通り、断片が繰り返し演奏されることになり、なるほど素材はバロック音楽のヴィヴァルディなのだが、聴こえてくる音は、細部の音形やリズムが変容し、調も変えられることによって、ミニマル特有の、都会の孤独を背負った疾走感のようなものを伴っている。「春」の第 1楽章の冒頭は誰でも知っている有名な曲であるが、ここではそれは登場せず、その楽章のパッセージの断片がクローズ・アップされ、それが繰り返されるうちに、気が付くとヴァイオリン・ソロと弦楽合奏が立派なミニマル・ミュージックを奏でているのだ。これは特にフィリップ・グラスに顕著なのだが、短い音形が繰り返されて盛り上がったところで突然音楽が切れるという特徴がミニマルにはあり、ここでもそれを頻繁に聴くことができて大変に面白かった。おっと、ヴィヴァルディを素材にそうやって遊ぶか、というシーンがあちこちで見られたので、全く退屈することはなかった。その意味ではこの曲、パロディ音楽と言ってもよいと思うのだが、この種の音楽を、「パロディでございます」とふざけてやったのではダメなのだ。その点、庄司らしく非常に真剣に、また高い士気をもってこの曲に取り組んだことが (あ、もちろん技術的には全く余裕があるだろうが 笑)、結果的には曲の本質を表したと評価できるように思う。
QUOTE
今回、「四季」のリコンポーズが東京で初演されることを大変うれしく思います。庄司紗矢香さんの演奏はドイツのテレビで初めて拝見しましたが、非常に素晴らしいヴァイオリニストです。「四季」のリコンポーズは、ヴィヴァルディという風景(ランドスケープ)の中を旅していく"実験的な旅行"として作曲しました。ヴィヴァルディは「四季」の中で、思わず探索したくなるような美しい風景の数々を表現しています。彼の音楽がすぐれている理由のひとつは、まさにそうした風景にあると思いますし、そこからリコンポーズの着想も浮んできました。演奏をお楽しみください。
UNQUOTE
なるほど、「実験的な旅行」ですか。その意味では、今回庄司は初めて (だと思う) 指揮も手掛けていて、士気高い四季の指揮ではシャレにもならないが、やはり音楽祭のサイトで見ることのできる彼女のインタビューによると、なんと、ナントでの (これもシャレにならない 笑) リハーサルの初日に、指揮者なしで演奏することを初めて知ったとのこと。なかなかの大物である (笑)。指揮と言っても、多くは自分でソロを弾きながら、オケにキューを与えるくらいであったが、このポーランド室内管は、同国の名指揮者、イェジー・マクシミウク (私は彼のファンである) が結成したオケで、大変優秀だ。ミニマルのビート感に合わせることさえできれば、この演奏には大して苦労はしなかったろう。
さてこの演奏、実は今日、5月 4日も、18時30分から (あ、ちょうど今だ!!) 繰り返される。ところが今回の会場はホール A で、これは 5008名収容の大ホールである。私が聴いた B7 は 822席で、シンセサイザー以外は PA を使用していないように聴こえたが、ホール A では明らかに無理だ。まぁ、PA を目の敵にするのはクラシック・ファンの悪い癖であるが、やはり弦楽器はアコースティックで聴きたいなぁと思うもの。その点、私が次に聴く庄司の演奏会は今月末、神奈川県立音楽堂での無伴奏リサイタルであって、これはまさに真骨頂を聴ける機会であろう。広い視野と文化的な事柄への興味を持ち、常に新たな挑戦を続ける芸術家は信用できる。期待しております。
http://www.lfj.jp/lfj_2016/performance/timetable.html
私も過去何度かこの音楽祭に来ているし、金沢まで聴きに行ったこともある。正直、スケジュール表を見ているとあれこれ行きたいとは思うものの、若干胃もたれぎみにもなる。そんなわけで今回は 4つの演奏会を選んだ。とは言っても実際そのうちの 3つはひとつの内容を演奏時間の関係で分けてあるだけなので、実質的には 2つということになる。
この記事で採り上げるのは、その 3分割されたコンサート。現代最高のピアニストのひとりで、特に現代音楽にかけては並ぶ者のないフランス人、ピエール = ロラン・エマールのリサイタルである。
今回はこの長大な曲の 3回シリーズの 1回目ということであったが、スケジュール表によると演奏時間 75分とある。げげっ、これはラ・フォル・ジュルネの原則を破る長さではないか!! そして実際にコンサートが始まってみて納得。なんと、あのエマールが自分で曲を解説してくれ (フランス語の通訳つき)、かなりの種類の鳥については、映像で実際に鳴いているところを投影してからの演奏ということになって、まあその、鳥の名前をまるで覚えられない私でも、ふむふむなるほどという感じにはなったものだ (笑)。しかも演奏順序は、オリジナルの順番とは異なって、毎回エマールの選択とおぼしき順番となるようだ。今回の演奏曲は以下の通り。
キバシガラス (第 1巻から)
ヨーロッパウグイス (第 5巻から)
コシジロイソヒヨドリ (第 6巻から)
ムナジロヒバリ (第 5巻から)
クロサバクヒタキ (第 7巻から)
いやー、そんな鳥、どれも知らないって (笑)。実はコンサート入場時に受け取った、簡単な曲目と演奏者紹介の紙 (ちなみにこの音楽祭、以前は公式プログラムを作成していたが、今回は見当たらなかった。コスト削減だろうか) には 4曲しか記載がなかったところ、実際には 5曲演奏されたので不思議に思っていたところ、帰りがけに出口に 1曲追加の表示があって、無事、5曲すべての題名を知ることができました。って言っても、しつこいようだがどの鳥も知りませんがね (笑)。ちなみにこれが最初に演奏された曲の題名になっているキバシガラス。くちばしが黄色いカラスということなんでしょうな。
2016年 04月 30日